遅刻に無断欠席は当たり前。
心の乱れは風紀の乱れ。
そんなバカを野放しにしておけば、めぐり巡って自分の害となる。
だから……吹寄制理は、上条当麻が二度と遅刻しないように、上条の部屋から上条を学校に引っ張っていくことに決めた。
これはあくまでも、風紀の乱れを正すための行動であり、上条当麻と一緒に登校したかった……わけではない、ハズ。
そうなのか? と自問し、そうに決まっている、それ以外の理由などない、と自答した吹寄はちらと傍らの男の横顔を伺ってみる。
「ふわぁぁぁぁ……」
眠そうな顔だった。少し、腹が立ったので、吹寄は上条の頭を小突いてやった。
「いでっ……! 何すんだよ、吹寄……」
「殴られたくなければ、その眠った頭を一刻も早く覚醒させることね」
へいへい分かりましたよー、と本当に分かっているのかどうか疑わしい声で、上条は憎まれ口を返してきた。
「つーか、だいたい、何で吹寄が俺の部屋の前に突っ立ってたワケ? なんか用事でもあった?」
「大有りよ!」
「なんで?」
「貴様は常に目を光らせておかないと、何をしでかすか分からないからよ」
「……あのー、上条ちゃん、ひょっとしてかなりの問題児扱い?」
「ひょっとしなくても問題児でしょうが」
まったく世話が焼ける……と吹寄は言葉を締めくくる。
「ひでぇなぁ」
「ただでさえ出席日数が足りてないんだから、少しはマジメに学校に来なさいよ。遅刻なんて、もっての他よ?」
「へいへいっていたたたたたっ!」
「……聞いてないのはこの耳?」
上条の耳をつまんでやった。割と、指先に力を込めて。
「ちょ、待って、吹寄さん!? わたくし、上条当麻は返事をしましたよね!?」
「その返事は一回!」
「アンタは俺の保護者か何かですかーっ!?」
朝っぱらからギャーギャーとうるさい男ね、と思った吹寄は、仕方が無いので上条の耳から指を離してやる。
「まったく……。感謝されても、憎まれる覚えは無いんだけど?」
「そりゃまー、わざわざ俺を起こしに来てくれたことには感謝するけどさー……」
「なによ?」
「なーんか、ムードねぇなーって」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声が出るのを抑えられなかった。
「頼りがいのある美人な委員長が、イケメンなんだけど悪そうな問題児を叩き起こして一緒に登校っていうシチュ、あるじゃん? あーいうのに比べれば、俺たちって、ぜんぜんムードとか無いよなーって思うとさ……なーんか、現実ってやつを思い知るっつーか、うん、まぁ、現実なんてこんなもんかなーっていうか?」
「……要約すると、あたしが煩わしいってことかしら?」
形は良いが、少し太い眉毛をぴくりと吊り上げる吹寄。
こちらの形相に恐れを抱いたのか、上条は慌てて取り繕った。
「え? いやいやいや! 滅相も無い! 上条さんは、起こしに来てくれた心優しい吹寄さんに感謝感激雨あられですっ、いやマジで! だからそんな怖い顔しないで、ホント!」
必死になる上条。そんな様子を見ていると、吹寄は溜息の一つも吐きたくなった。
まったく……。
まぁ、言われて見れば、確かにムードは無いのかもしれない。
お世辞にも、自分は見栄えのする顔立ちとは思えないし、上条だってイケメンとは程遠い。
どちらかと言えば、自分は口うるさいほうだし、頼りがいがある人間か、と問われれば「どうなのだろう?」と不安になる人間だったし、一方の上条にしても問題児と言えば問題児だが、悪い男、というわけではないことは分かっている。ただ、ちょっとばかり、女の子に対する興味が人よりも激しい、といったところか。
吹寄にとっては“そこ”がちょっとばかり気に食わないところでもあったが。
「あれ? ちょっとアンター? こんな朝早くに何やってんのよ?」
上条と吹寄の背後から凛とした声が聞こえた。二人でそちらを振り返ると、一人の少女が駆け寄ってきた。
その時、上条の顔が一瞬、引きつったのを吹寄は見逃さなかった。それから吹寄は近づいてきた少女に視線を戻す。
中学生くらいの年恰好だったが、制服を良く見れば、常盤台中学の冬服だった。肩で切りそろえた茶色い髪をサラリと揺らし、その少女は上条に言った。
「めっずらしいわね? こんな朝早くに。へぇ? アンタでも遅刻せずに登校することあるんだ?」
珍しい、という単語のところをえらく強調していた。上条の遅刻癖をよく知っているらしい。上条の知り合いだろうか? と吹寄は思った。
上条は答える。
「人を何だと思ってんだよ? 俺だってたまには普通に学校行くっつの」
「どうだか? あたしが起こしに行かなかったら寝てたくせに?」
吹寄が横槍を入れてやると、上条は言葉に詰まった。すると、その常盤台の少女はこちらに顔を向ける。
「起こしに行った? ……ねぇ、アンタ」
そこで言葉を切り、少女は上条のほうに、険のある目を向ける。
「いったい、いつからアンタはか、か、『彼女』に起こしてもらえるような、ご大層な身分になっちゃったワケ?」
少女の口調は、わなわなと震えており、顔をほんのりと赤らめていたが、上条と吹寄は『彼女』という単語で、文字通り呼吸を止めてしまっていた。
彼女……?
あたしが、こいつの……?
パニックになりかけた思考を何とか落ち着かせ――その実、ちっとも落ち着いてなかったが――吹寄は言葉を返した。
「ば、バカ言わないでよっ!? なんであたしがこんな女にしか目を向けない女ったらしのフラグメイカーの彼女にならないといけないのよ!?」
「……っておい、吹寄! てめ、いくらなんでもそれは言いす――」
「貴様は黙ってて!」
「はいっ!」
唾を吐く勢いで上条の言葉を瞬殺してやったら、上条は二つ返事を寄越してきた。
しかし、火がついてしまったらしく、吹寄は止まらない、というか止まれない。
「だ、だいたい、そっちこそ何だというのよ? 見たところ中学生みたいだけど、先輩に対する口の利き方がなってないんじゃない? それとも、そっちは上条当麻とそんな口が利けるほど仲が良いわけ?」
一気にまくし立ててやると、常盤台の少女は更に顔を赤くした。
「そ、そんなわけっ、ないじゃないっ! だ、だいたい、なんで私がコイツみたいなやつのことをっ!?」
「おーい……上条さん『コイツ』扱いで確定ですかー?」
「あ、アンタは黙ってなさいっ!」
「はいっ!」
常盤台の少女にも二つ返事をする上条。余計なところで口を挟むからだバカ、と内心で上条のことを罵ってやりつつ、吹寄は眼前の少女に言う。
「じゃ、あなたにそんなことを言われる筋合いもないし、こっちもそんなことを答える筋合いも無いわよね?」
「そ、そりゃ、無い、ですけど……そ、れでも……えーと、その……」
彼女は、しどろもどろになりつつも答える。
「え? えーと、その……仲が良い、というわけではないし、だからといって仲が悪い、っていうわけでもないけど……ただ、前から、コイツには何回か助けてもらったりしたりしてるんだけど……」
刹那、ぷち、という音が聞こえたかと吹寄は幻聴した。
ジロと傍らの男を見やる。
少しばかり、目に殺意を込めて。
またか。
また、女の子を助けたのか。
また、見境なく女の子にフラグを建てたのか。
何故、こんなにも腹立たしいのかは、理由は分からない。
ただ……これだけは言える。
上条当麻をものすごい勢いで、懲らしめてやりたい、ということは。
こちらの殺気を読み取ったのか、上条は一も二も無く、この場から逃げ出していた。
「待てっ、上条当麻!」
「あ、待ちなさいよ!」
上条からワンテンポ遅れたが、吹寄と常盤台の少女は同時に地面を蹴った。
ちら、とその少女の横顔を吹寄は見た。
正直に思った。自分よりも可愛らしい女の子だ、と。
スタイルだって悪くない。そりゃ、あのバカ上条当麻が助けたくもなるわけだ、と吹寄は納得した。
口うるさそうなところも、どことなく自分と似ている。
似たもの同士はウマが合わない、とどこかで聞いたことがある。その言葉が本当なのか、ウソなのかどうかは分からなかったが、少なくとも、この時の吹寄は、
隣で併走する常盤台の少女に負けたくない、と思った。
視線を前方にひたと据え、吹寄は上条を追う。
「不幸だぁぁぁぁぁっ!」
上条の絶叫が聞こえたが、知ったことではない。
必ず……上条の背中を捕まえてみせる!
そして、この胸の中にわだかまった、自分の中に存在するらしい“得体の知れない何か”の答えを、上条の口から聞かせてもらうのだから!