涼宮ハルヒの修正

プロローグ

 恋愛感情というものは、一時の気の迷いである。
 俺は知り合いの女子二名から、この言葉をそれぞれ聞いたことがあった。片方は中学の時の同級生で、もう片方は高校でのクラスメートだが。
 高校に入ってからというもの、中学の方の女子とはめっきり会うこともなくなった。しかし、高校で出会った方の女子とは、数奇なめぐり合わせだかなんだか知らんが、教室ではすぐ後ろに座っているし、部活まで同じとなれば、一日のうち、ほとんどをそいつの顔を見て過ごさないといけないわけで、要は、そいつと話をする機会など、いくらでもあるわけだ。
 だから俺は、前々から気になっていたことを訊いてみることにした。
「なぁ、ハルヒ」
「なによ?」
 窓の外をぼんやりと眺めていた涼宮ハルヒはこちらに顔を向けることなく訊き返してきた。
「お前、恋愛感情は一時の気の迷いだって考えてるんだよな?」
 ハルヒはやはりそっぽを向いたまま、「そうだけど?」と言った。
「でもって、今までに付き合った男は全員、マトモすぎるくらいにマトモだったんだっけな?」
「そうだけど?」
 ハルヒは口調に怒りを滲ませていた。
「なによ、キョン? あんた、何が言いたいのよ?」
 ハルヒは初めて俺の方に顔を向けた。目元が吊り上っているが、まぁ、こいつは普段からしかめっ面をしていることも多いし、特に気にしないでおこう。
 俺は、ハルヒに一番訊きたかったことを尋ねることにした。
「お前、初恋ってしたことあるのか?」
「はぁ?」
 ハルヒは素っ頓狂な声を上げた。目も口も大きく開けて、俺の顔を茫然と見ていたハルヒは急に表情を険しくしたと思うと、俺の胸倉をネクタイもろとも引っ掴んだ。
「あんたってば、ほんっとにどうでも良いことを訊いてくるのね、いきなり。どうでも良すぎて笑えるわよ」
 そう言う割には、顔は怒っているように見えるが……とは言わないでおいた。言っちまえば、火に油を注ぐようなもんだっていうことは既に学んでいるからな。
「他人に初恋の話をしてもらいたかったら、まず自分の初恋の話をするのが礼儀ってもんだわ!」
 それ、相手に名前を尋ねる時の礼儀じゃなかったっけ、とは思ったが口にしないのは前にも述べたとおり、オイル・イン・ファイヤーだからだ。この英語で意味は通るよな?
 まぁ、それはともかく。別に出し惜しみするもんでもないし、俺の初恋の話が訊きたいってんなら、言ってやろうかね。
「俺の初恋は、俺の従姉弟だったよ」
「ふーん? その人、美人?」
「だったと思う。尤も、男作って駆け落ちしちまったから、俺の初恋は結構、あっけなく終わったんだけどな」
「へぇ?」
 興味がない、と言わんばかりの表情と口調だった。訊きたいって言うから、話してやったのに。なんとも冷たい反応だな、ハルヒよ。
「じゃ、次はハルヒの番だな」
「はぁ? なんであたしがあんたにそんなこと……」
「礼儀は守ったつもりだがな?」
「だからって、あたしがあんたに自分の初恋を語らないといけない、っていう義務なんてないわよ」
 ぶすっとした声で言うと、ハルヒはまたもやそっぽを向いた。
 俺はしばらくハルヒの横顔を眺めていたが、ハルヒがそれ以上、話を続けそうな気配も無かったので、「そうかい」と言って俺は前を向いた。
 次の授業のチャイムが鳴る直前くらいに、背後から「あたしにだって、初恋くらい……」という、くぐもった声が聞こえたような気がしたが、俺は特にハルヒのその言葉を気に留めなかった。