とある禁書の短編目録

とある科学の超四馬鹿 ‐ テトラフォース

 その日は土曜日だった。
 普段なら丸一日休みであるはずなのに、お馬鹿な上条当麻は昼過ぎまで補習授業を受けていた。
 出席日数の足りなさでは上条とどっこいどっこいの土御門元春と、小萌先生の顔を一分一秒でも長く眺めていたいというドがつくほどの不純な動機から積極的に補習授業に参加している青髪ピアスの二人もまた、上条と同じく昼過ぎまで机を並べていたため、補習が終わる頃には三人とも空腹感を覚えていた。
 そんなわけで三人は大手牛丼チェーン店のカウンター席に一列に並んで座っている。
 真ん中に上条が座り、上条の右側に青髪ピアス、左側に土御門が座っていた。
 そして何故か、土御門の左側に、食事中だったらしい一方通行が座っていた。
「……なにしてんの、お前?」
 上条が一方通行に尋ねると、一方通行は赤い瞳をこちらに向け「飯食ってンだよ。見て分かンねェのか?」と言ってきた。
「お前でも飯とか食うんだな……」
「オマエ、人をなンだと思ってンだ?」
 牛丼を頬張りながら、一方通行がこちらをジロと見据えてきた。
 一方通行の射るような視線に耐えられず、上条は一方通行の顔から目を逸らす。そして、一方通行の丼を上条は見た。
 ……特盛だった。
 牛丼の特盛と言えば、五百円でお釣りが帰ってくることがあり得ない値段である。
 上条、土御門、青ピの三人は溜息を吐いた。
「……ブルジョワだな……」
「……金持ってるんやねぇ、あの白髪くん……」
「……レベル5だもんにゃー……」
「……オマエ等、文句あンならハッキリ言えよ、コラ」
 一方通行の悪態を聞き流しつつ、三人は五百円でお釣りが帰ってくる牛丼大盛を注文した。
 腹ペコ高校生にとって、大盛程度では足りないのだが、泣き言を言っても始まらない。
 しばらくすると店員が大盛牛丼を三人前、運んできた。
 割り箸をぽきっと割りつつ、青ピは言った。
「それにしても、もうすぐクリスマスですやん。どないします、土御門くん?」
「どうするもこうするもにゃー……」
 牛丼に唐辛子を振り掛けつつ、土御門は考え込んだ。
 二人とも、何やらクリスマスが悩みの種であるらしい。
 上条は二人に尋ねた。
「なに? なんかあんの?」
 すると青ピが答えた。
「あるやん、いろいろ! まーた今年も、一人寂しくクリスマスーなんて嫌やん、やっぱり」
 そうそう、と青ピに相槌を打ってから土御門が、
「要はクリスマスにラブコメがしたいんだぜい。ラブコメが無理ならラブの方だけでも」
「それ、コメの方が難易度低くねーか?」
 上条が指摘すると、土御門が唾を飛ばさんばかりの勢いで、
「出会いが無いことにはコメもないぜよ!」
 と言った。
 そりゃまぁ、出会いも無しに、ラブもコメもあったものではないが。
 土御門が青髪に尋ねた。
「そっち、出会いとかあるかにゃー、青髪ピアス?」
「いいや、まったくやね」
 牛丼を口の中に放り込んでから、青ピが応じる。
「そう言う、つっちーは?」
「オレもまったくアテが無いぜい……」
 土御門はそう言って、牛丼を口に含んだ。
 話の流れから察するに、次は自分に話が振られる番だろう、と上条は考えていた。
 しかし、三十秒ほど、三人――ないしは四人――の間に会話は無かった。
 堪らなくなった上条は箸を丼の上に、叩きつけるように置いてから「おい」と土御門と青髪ピアスに声を掛けた。
「どうして、俺には話を振らねぇんだよ!? ハブられてるみたいで寂しいじゃねーか!?」
「いや、実際、ハブってるぜよ?」
 さも当然と言わんばかりに土御門が淡々とした口調で言ってきた。
 青髪ピアスも口を揃える。
「聞くまでもないやんか、カミやんの場合」
「どうして?」
「自分の胸に聞けばエエんとちゃう?」
 試しに、自分の胸に手を置いてみた。
 心臓の鼓動が聞こえるだけであった。しかし、何も分からない。
「……なぁ、分かんねぇんだけど」
 上条がそう言うと、土御門と青髪ピアスは溜息を吐いた。
「っかー! これですよ、まったく。フラグ野郎は言うことがイチイチ嫌味ったらしいぜい」
「ホンマ、ムカつくわー。自分、いったい今までに何人の女の子を泣かせてきたと思ってるん?」
「えーと……あの、ひょっとして、上条ちゃん、物凄く恨まれてます?」
 尋ねてみたが、土御門も青髪ピアスも返事を寄越してくれなかった。何か癪に障ったらしく、土御門も青髪も一心不乱に牛丼を平らげていく。
 助けを求める目を、上条は一方通行に向けてみた。
 既に食べ終わったらしい一方通行は茶を飲んでいた。目を合わせようとすると一方通行は視線を逸らしてから、
「……黙って飯も食えねェのか……」
 とボヤいていた。
 上条は、ふと思う。
 この四人の中で、最も常識的な発言をしているのは意外にも一方通行なのではないか、と。
 ひとまず、この重い空気を払拭したい上条は、土御門と青髪ピアスをフォローすることにした。
「えーと、そんな、フラグっつっても、大層なもんじゃないぞ? イベント分岐も発生しない駄フラグばっかりだし」
「……本気で言ってるんやったら、おめでたいわ、カミやん」
「……モテる男は言うことが違うぜい、カミやん」
 なんだか、どんどんやさぐれていくような気がする二人。
「おいおい? 俺がいったい、いつモテたっつーんだよ?」
 上条がそう言うと、青髪ピアスと土御門が物凄い勢いで首をこちらへと向ける。
「数え上げればキリがないやん!」
「その通りだぜい、青髪ピアス! いいか、カミやん、分かんないってんなら教えてやるぜよ!? 夏休みの最後の日に、カミやんに飛び掛ってきたあの常盤台の女の子は、どこの誰だにゃー!?」
「常盤台?」
 はて、常盤台の知り合いと言えば……ああ、夏休みの最終日に飛び掛ってきた、というのだから御坂美琴のことか、と上条は得心する。
 別に、自分と御坂美琴の間柄など、会えば喧嘩をする、という腐れ縁程度の関係でしかない、と上条は思うのだが。
 そのことを二人に言い聞かせると、青髪ピアスは尋ねてきた。
「でも、あの日の様子やと……なんか、デートの待ち合わせ、みたいな感じやったけど? そこんとこどうなん、カミやん?」
「あー、アレな? なんか、御坂が、知り合いの男にしつこく付きまとわれてたんだと」
「ストーカーかいな?」
 青ピの問いに上条は「いや、そうでもなかったけどな」と答えつつ、
「でも、御坂がそいつのことを鬱陶しい、って言うから、そいつに御坂のことを諦めさせるために、御坂と偽デートしたんだよ」
 偽のデートなのだから、別に俺と御坂の関係なんて、ただの友達くらいだろ、と上条は結論付けたのだったが……
 すると青髪ピアスが反論してきた。
「いや、絶対にウソや、それは! あんな可愛らしいお嬢様みたいな女の子がカミやんと偽デートするとか……ありえへん!」
「仕方ないぜよ、青髪ピアス。これがカミやんの毒牙にかかった女の子の末路だにゃー……。まったく、これだからフラグメイカーは……」
「いや、毒牙って……。俺と御坂の間には、ホント、何もないですよ?」
「その割には体張ってなかったかァ、オマエ?」
 珍しい方向から声が聞こえてきた。
 上条、土御門、青髪ピアスの三人は一方通行のほうに顔を向ける。
 一方通行は爪楊枝で歯を一通り弄くってから言った。
「体張って“実験”を止めたじゃねェか、オマエ。涙流してた第三位のために、拳一つで第一位に殴りかかってきたンだろォ?」
 ただの腐れ縁でやることでも、できることでもねェだろォが、と一方通行は言葉を結んだ。
 食べ終わったのだから帰ればいいのに、一方通行は帰る気配を見せなかった。どうやら、自分たちの話に混ざるつもりらしい。
 しかし、一方通行の発言は、土御門や青髪ピアスにとって、文字通りの“アクセラレータ”となった。
「なんやてぇ!?」
「か……カミやん……。まさか、御坂っていう女の子のためだけに、そこまでやったのかにゃー!?」
「そこまでしといて、フラグ建ってへんとか言うんか、カミやん!?」
「鈍感にも程ってもんがあるぜよ、カミやん!」
「鈍感なヤツはどこまでも鈍感だなァ、カミやン?」
 上条は叫び返す。
「うっせぇぞ、お前ら! っていうか、ちゃっかり会話に加わってんじゃねぇよ、そこの白いの!」
「別に良ィじゃねェか。固ェこと言うンじゃねェぜ?」
 上条の糾弾をサラリと流す一方通行。
 なおも上条は続ける。
「だいたいな! 目の前に泣いている女の子がいるんだぞ!? 助けてやりたいって思うくらい“普通”だろ!?」
 上条の言葉に対し、土御門と青髪ピアスは顔を見合わせた。
「それが、カミやんにとっての“普通”なんやね……」
「そりゃ、あっちこっちでフラグが建つってもんぜよ……」
 そこに一方通行が混ざる。
「ヒーローは言うことも違うねェ……」
 声の端々に失望を滲ませる三人の様子に、上条はいよいよ頭を抱えたくなってきた。
 さっきまでまっとうなことを言っていたはずの一方通行でさえ、土御門や青髪ピアスの側に回ってしまっている。
 俺の味方はどこにいやがるんだ畜生、と内心に悪態を吐きつつ、上条は牛丼を食べる。
 こんな時は糾弾の矛先を違うところに向けるに限る。そう思った上条は会話のベクトルを操作し「そういう一方通行は?」と尋ねてみた。
「あン? 何がだよ?」
「クリスマスの、ご予定は?」
 上条がそう言うと、土御門と青髪ピアスも一方通行の方に首を向ける。
 一方通行は答える。
「別に、どォもしねェなァ……。あのクソガキがどっか遊びに連れてけってうるせェくれェか」
「くそがき?」
 聞き慣れない単語に、青髪ピアスは首を傾げる。
 しかし、土御門は椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
「て、テメェ、一方通行! お前、あの打ち止めっていう美幼女と水入らずのクリスマスを過ごすつもりかにゃー!?」
「え? ちょっと、つっちー? “美幼女”ってどういうことなん!?」
 興味津々――というか、ほとんど悲痛――な声で青髪ピアスが土御門に尋ねた。
 土御門は青髪ピアスに語る。
「言葉の通りだにゃー! 見た目一〇歳前後の、とんでもなく可愛らしい女の子のことだにゃー!」
「え? じゃ、なに? そこの白髪くん、クリスマスを“理想的な女性”と一緒に過ごすってことかいな!?」
 なにやらヒートアップしていく土御門と青ピ。
 小さな女の子を“理想的”と言い切れるこいつ等の神経はいかがなものか、とちらと思った上条だったが、口にはしないでおいた。
 怒りの矛先が一方通行に向いている内に、上条は牛丼を食べ進める。
 すると一方通行は二人に応じる。
「理想的って……そンなに良ィモンかよ、アレが?」
「にゃー!? コイツ、一番傍にいながら、あの子の良さを分かってないぜよ!?」
「……何を分かれってンだ?」
「分からへん、っていうなら、教えたるで! じっくりこってり“ロリの素晴らしさ”っちゅうもんを!」
「……誰も頼んでねェよ」
「ふーん? どうせヒマだし、俺が打ち止めをどっかに遊びに連れてこうか?」
 三人の会話に上条は口を挟む。
 一方通行が、打ち止めの相手をすることを面倒くさがっているように思えてならなかった上条は、混じりっけなし、純度百パーセントの“善意”で、三人に提案した……のだったが。
 何か、癇に障るところでもあったのか、

 気付けば、

「あれ?」

 青髪ピアスが上条の襟首を掴み上げ、青髪ピアスの膂力によって上条は立たせられた。

「ちょっと?」

 土御門は、上条が食べていた牛丼の丼を掴み取ると、丼ごと腕を振りかぶる。

「えーと?」

 一方通行は重心を下げ、右の拳を硬く、きつく、握りしめていく。

「な、なにするつもりだ、お前らぁーっ!?」

 上条が魂の叫びで三人に尋ねた刹那、

 青髪ピアスに後頭部を掴まれ、そのままカウンターのテーブルに上条の頭は叩きつけられる。
 ぐふっ、と上条がくぐもった声を口から漏らすと、土御門が容赦無く丼鉢を上条の頭に振り下ろす。
 ガチャン! という音と共に、丼は上条の頭で割れ、中身の牛丼が盛大に上条の上半身に飛び散った。
「っでぇな、なにしやが――」
 肉の切れ端とタマネギを顔にへばりつけた上条が体を起こした途端、一方通行の渾身の右ストレートが上条の顔面に突き刺さった。
 ベクトル操作を惜しみなく使っていたため、殴られた上条は喜劇役者よろしく吹っ飛んだ。
 店内の床に背中で着地した上条は、殴られた痛みに呻くことすら忘れ、ガバッと跳ね起きる。
「な、なにすんりぇすかっ!?」
 そして喚く。しかし、舌が回っていない。
 三人は上条の正面で仁王立ちし、
「カミやんにだけは」
「打ち止めを」
「渡せねェンだよ」
 何故か“そこだけ”は意見が合うらしい三人であった。
 上条は思う。やっぱり、理不尽だ、と。
「待て待て待てぇ! 俺、善意だよ!? 善意で言ってんですよ!? なんで俺が殴られないといかんのじゃーっ!」
 そして上条、ついにキレる。
 とりあえず、一番手近にいた青髪ピアス目がけて上条は殴りかかった。



 その日、御坂美琴は街を歩いていた。
 クリスマスが近づいてくると、この学園都市の往来も、妙な活気とムードに満ちてくる。
 そのためか、周囲を見渡せば妙にカップルが多い気がする。
 今はまだ日が高いため気付きにくいが、これが夜になると、そこらじゅうがキラキラと光り輝くのだ。
 イルミネーションに彩られた夜道の中をカップルで歩く、というのは、考えてみれば、幻想的で、ムードもある。
 逆に言うと、そんなムード満点な場所を、たった一人で歩く状況、というのは、もの凄く切ない、ということでもあるのだが……それ以上に美琴の頭を抱えさせたのは、クリスマスの雰囲気をぶち壊しにしている、とある牛丼チェーン店だった。
 店自体は問題ない。
 問題なのは、店の前に堂々と突き刺さっている謎の看板だった。
 そこには、こう書かれてあった。

『上条禁止』

 上条、とは“あの”上条だろうか、と美琴はツンツン頭の少年の顔を思い浮かべる。
「あのバカはいったい、牛丼屋で何やってんのよ……」
 そう言って、美琴は溜息を吐いた。
「……ったく、あのバカ……」
 そして、その溜息は異様に白かった。



 とある四人は場所を牛丼屋からファミレスへと移していた。
 いや、移した、というよりは……ほとんど追い出されていた。
「どうすんだよ? あの牛丼屋追い出されちまったじゃねーか? しかも、入店禁止にされちゃったし!」
「いや、アレ、カミやんだけやから。ボク等は普通に店に入れるし」
「おかしいだろ、それ! なんで俺だけ!?」
「さあ? 普段の行いが悪いからじゃないかにゃー?」
「俺がいったい、普段何をしたー!?」
 ギャーギャーと騒ぐ上条の正面に座っている一方通行は言った。
「とりあえず、オマエが黙ってりゃ平和なンじゃね?」
「同感だにゃー」
「口は災いの元、って言うくらいやし」
「……不幸だ……」
 いつものセリフを口にした上条は溜息を吐く。
 テーブルに頬杖を突き、それじゃあもう何も言うまい、と思った上条は窓の外に目のやり場を求めてみることにした。
「さて、落ち着いたことだし……話の続きといくかにゃー」
「そうやね。どこまで話したんやっけ?」
「確かよォ……どォすりゃモテンのかっつゥ話じゃなかったかァ?」
「いや、それはもうエエねん。クリスマスがどうのこうのっていう話はもう飽きてもーてん」
「それもそうだにゃー。それじゃ、次は何について話すかにゃー?」
 頬杖を突いている腕が、ガクンと揺れた。
 もう飽きたって……その程度の話だったのに、俺はあれだけ殴られたというのか?
 完全に、殴られ損な気がする上条であった。
 青髪ピアスは言った。
「それはズバリ……カミやんが言う“みさか”とかいう女の子についてしかないやろ〜?」
「は?」
 上条が青髪ピアスの方に顔を向けると、青ピは顔にニヤけた笑みを貼り付けていた。
 土御門の方に視線をずらせば、似たような笑みを土御門も浮かべており、更に珍しいことに、一方通行すらも同種の笑みを浮かべていた。
「え? 御坂について話し合うって……何を話し合うんだよ?」
「まぁ、フラグ体質のカミやんとはいえ……別に人様の恋路を邪魔しよう、っていうほど、こっちも野暮じゃないからにゃー?」
 うそつけ、と上条は内心で悪態を吐く。
 さっきまで人を散々タコ殴りにしておいて、今さらどの口が殊勝なセリフを吐きやがる、と思った上条は「邪魔する気マンマンだろ、お前等」と言っておいた。
「まあまあ、そんなこと言わずににゃー?」
「まずは、あの子とどこで出会ったのか、教えてもらうでー?」
「ついでにどこまでヤッちゃったのかも、この際だから言っとけェ」
「お前等、絶対に楽しんでるだろぉ!?」
 叫ぶように上条がツッコミを入れたが、三人はまったく取り合ってくれなかった。
 仕方がないので、上条は青髪ピアスの問いには答えることにした。
 また、一方通行の質問には、妙に腹が立つので答えてやらないことにした。
「それで、最初に出会ったのはどこだったか、って? えーと……確か、公園の自販機の前、だったかな?」
 しかし、そんなことを聞き出して、こいつらはどうするつもりなのだろう、と上条はふと思った。
「いつ頃?」
 土御門の言葉に上条は「夏休みの補習帰り」と答えた。
「クソ暑い日だったから、自販機でジュースでも買うかな、って思ってさ」
「で、そこをたまたま通り掛かった、あの常盤台の女の子が、暑そうな顔をしてたからジュースを奢ってあげたんやね? うわー、さっすがカミやん、紳士やわー、そして腹立つ」
「って、おい! 話が飛躍しすぎてるじゃねぇか! しかも、俺、そこまでジェントルマンじゃねぇし!?」
「えェ〜? 奢ってやれよ、シブちン」
「やかましいわ! 自販機に二千円札飲み込まれて、あん時は家計が火の車だったんだぞ!?」
 一気に上条がそう言い切ると、三人の口が一瞬、ピタリと止まる。
 そして次の瞬間には、三人は大爆笑していた。
「ま、まさか、カミやん、あの金を飲み込む自販機に、馬鹿正直に金を入れたん!?」
「うわー、救いようがねぇぜよ! その二千円はバカにならないにゃー!」
「馬ッ鹿じゃねェのォ!? 有名な話だろォが!」
 笑い転げる三人の真ん中で、上条はプルプルと震え始めた。
 これは馬鹿にされている。
 激しく、馬鹿にされている。
 いつの間にか論点もズレているし、何より、もの凄く

 もの凄く、腹が立つ。

 なので、

「おまえら〜」
 席を立ち上がり満面の笑みを顔に浮かべて、
「ぶち殺す☆」
 刹那、上条は悪鬼羅刹と化した。



 牛丼屋の店員に話を聞いてみたところ、先程、店内はミサイルの代わりに味噌汁が飛び交う戦場と化したらしい。
 高校生四人がいきなり店の中で喧嘩を始めたらしく、喧嘩の最も中心にいたのが、例の馬鹿こと上条当麻だったらしい。
 自分の知り合いだと店員に告げ、上条の代わりに頭を下げている自分はいったい何なのだろう、と美琴が頭を抱えながらも、表通りを歩いていた矢先だった。

『上条禁止』

 同じような看板が、目の前に突如、現れた。
 よく見れば、今度はファミレスだった。
「あンの、ぶぁかがぁ……」
 苛立ちを隠しきれない美琴は、巻き舌になった。
 ファミレスの店員に話を聞くまでもない。これはどうせ、またあの馬鹿が店の中で暴れ回ったのだろう。
 さっさと捕まえて、大人しくさせる必要がある、と思った美琴は、上条を探すべく走り始めた。



 今度の四人は、なんの変哲もない、とある公園に出没していた。
「……不幸だ……」
「カミやんが暴れるからやろ」
「しかし、まさか二軒とも『上条禁止』なんていう、ふざけた看板が建つとは思わなかったぜい」
「旗男ならぬ看板男、やね。この場合“看板作る”方の意味やけど」
「いやァ、人気者だなァ、オマエ」
 クックック、と含み笑いをしている一方通行には「笑うな、ヴォケ!」と叫んでおく。
「そんな、ふざけた看板は俺がぶち壊してくれるわぁっ!」
「おォ〜格好良ィ〜。幻想殺しならぬ看板破壊」
「おちょくってんのか!? おちょくってますよね!? おちょくってるよな!? よっしゃー、まずはお前から殴るぅ!」
 上条、なんかもう、色々と壊れてる。
 本日三回目の超弩級本格的大バトルに突入しようとした上条に、一方通行は真っ向から迎撃するつもりらしかった。
 思えば、牛丼屋でコイツが飯を食っていたのが災いしたのではないか、と上条は一方通行を心の片隅で呪いつつ、右の拳を硬く握りしめる。
 とばっちりを食らっては溜まらない、と思ったらしく、青髪ピアスと土御門は上条と一方通行の間から飛び退いた。
 これで上条と一方通行の間を遮る物は何も無い。
 上条は左足を大きく前に踏み出し、腰を入れ、渾身の力を込めて右腕を振りかぶ――

 こーん

 上条の頭から、中身がカラッポそうな音が響いた。
 膝がガクンと揺れ、体を支えていることができなくなる。
 上条の体はそのまま、前のめりになって倒れ伏せた。
 上条の後頭部を直撃したヤシの実サイダーが地面に落ちてきたのは、上条が地面に寝そべった後だった。
「やーっと見つけたわよー」
 妙に平べったい御坂美琴の声がその場に響いたのは、上条が悶絶している最中だった。



 自販機の横っ腹を足の甲で思いっきり蹴っ飛ばし、ヤシの実サイダーという名を借りた“実弾”を美琴は手に入れる。
 中身の詰まった缶を美琴は、今にも一方通行に跳びかかろうとしている上条の頭へと、情けも容赦もなく、野球選手のように投げた。
 手首のスナップを利かせ、オマケでジャイロ回転をさせておいたヤシの実サイダーは上条の後頭部に直撃する。
 地面で頭を抱えている上条の襟を掴み、美琴は「はいはい、お騒がせしましたー」と言いつつ、ズルズルと上条を引っ張っていった。 その場に残された三人の声が、美琴の背中の方から聞こえてきた。
「な、なんだにゃー!? 今のはストライクボール過ぎるんだにゃー!?」
「ピンポイントでカミやんの頭に直撃したで、なんなん、あの子!?」
「ありゃァ、痛そォだなァ……」
 勿論、美琴には構うつもりなど微塵も無かったが。



 目の前に、鬼がいるような気がする。
 腕組みをし、仁王立ちしている御坂美琴の姿を見ていると、上条はそれが比喩ではないような気がした。
 公園の片隅にて、御坂美琴の前で正座している上条は、俺はいったいなにをやってるんだろう、と嘆きたくなってきた。
 牛丼屋は立ち入り禁止になる。
 ファミレスは出入り禁止になる。
 馬鹿の三人には袋だたきにされる。
 しまいには、鬼のような雰囲気をまとう美琴からの説教ときた。
「アンタはいったい、なにをしてたワケ?」
「……さぁ、なにをしてたんだろうな?」
 正直なところ、自分でも、何をやっていたのかよく分からない。
 ところが、そんな上条の問いが気に入らなかったらしく、美琴は「私に訊き返すなっ!」と一喝してきた。
「というかね、そもそも、何をすれば、飲食店で出入り禁止にされるわけ?」
 こっちが知りたいくらいである、と上条は思うのだが、舌には乗せないことにした。言えばどうせ美琴から三倍返しにされるだけだろうから。
 美琴は続ける。
「アンタの知り合いってことで、私がアンタの代わりに頭下げたのよ?」
「……え? 俺の代わりに?」
 そりゃまた奇特なことをしたものである。
 勝手に暴れて、勝手に追い出されたのが上条であり、上条が謝るのは筋の通った話ではあるが、なんの関係もない、赤の他人でしかないはずの美琴が、上条の代わりに頭を下げたとは?
 いったい、何を思ってそんなことをしたのだろう、と上条は訝かしんだ。
「なぁ、御坂? 何も、お前が謝る必要は無かったんじゃないか?」
「え? あ、うん、まぁ、それはそうかも、だけどさ……っていうか、そんなことはどうでも良いのよ!」
「はい?」
「とにかく! アンタは私に“貸し”を作ったことになるわよね?」
「いや、むしろ、ただのお節介……いえいえ、貸しです、貸し! だからその、バッチンバッチン言ってる電撃引っ込めて、お願い!」
「分かればよろしい」
 そう言って、少し得意そうな顔になる美琴。
「それじゃ、この“貸し”はクリスマスに返してもらうかんね?」
「あのー……具体的には、どうやって?」
 何か、もの凄く嫌な予感しかしない上条は、恐る恐る尋ねてみた。
 いったい、どんなとんでもない罰ゲームを言いつけられるのだろう?
 イルミネーション煌びやかな、カップル溢れる夜道を、トナカイの着ぐるみ着用で練り歩け、とか言われようものなら不幸の極みである。
 赤い鼻を装着した自分の姿を想像し、やるせなさ、せつなさ、むなしさを、ひしひしと感じていた上条は「不幸だ……」と呟いた。
「ちょ、ちょっと! 私、まだ何も言ってないわよ?」
「……いや、悲しい自分の未来を想像して、上条さんはホロリと涙をこぼしたくなったのです……」
「……アンタ、勝手な想像して、独り合点してない?」
「というと?」
「クリスマスは、私とちょろっと付き合ってもらうわよ」
「……なんで?」
「なんでって……」
 上条が訊き返した途端、留まるところを知らなかった美琴の口が急に止まる。
 心なしか、美琴は頬を朱に染め、指先をもじもじさせ始めた。
「その……クリスマスの夜に、一人っきりで街を歩くのって、なんか……イヤじゃない?」
「はぁ……? そりゃ、そうだろうけど、嫌なら、自分の部屋から出なければ良いんじゃね?」
 寒いのに、用事もなく外をほっつき歩く理由など無いと思うのだが。
「い、良いから! 時間と場所はまた連絡するから、クリスマスは私と一緒に過ごすこと! 良いわね?」
「えーと……」
「い・い・わ・よ・ね・?」
 一言一句を強調され、ズイと美琴は上条との距離を詰めてきた。何か反論したいのだが、反論するのがなんだか怖い。
 結局、美琴が何故、上条とクリスマスを一緒に過ごしたいのか、その理由を聞き出せないまま、上条は美琴と遊ぶ約束を取り付けられてしまっていた。
 美琴と別れ、公園の片隅で、上条は呟く。
「……願わくば、平穏なクリスマスでありますように……」
 なにかとんでもないことが起こって、今度は学園都市その物に『上条禁止』の看板が立つことだけは、起こりませんように、と上条は思うのであった。