牛丼屋とファミレスで入店禁止を食らった上条だったが、美琴に連れて来られた喫茶店では、普通にテーブル席に座ることができた。
ここ数日のゴタゴタを考えれば、随分と平和なものだ、と思った上条はホロリと涙をこぼしそうになる。
しかし、さっきから頬が妙に赤い美琴は、こちらをギロと見据えている。風邪でもひいているのだろうか?
「なぁ、御坂? お前、顔が赤いんだけど、大丈夫か?」
「アンタのせいでしょうが!」
「……俺、何にもしてないよね……?」
溜息混じりに、上条は「不幸だ」と呟いた。
「そもそも、アンタ、なんで、今日、来なかったのよ?」
「来るって、どこに?」
「……アンタ、私のメール見てなかったの?」
「メールって、アレか? 午後五時に公園で待ち合わせっていう」
「って、見てるんじゃないの! それ分かってて、どうして来なかったのよ!?」
「え? あれ、クリスマスに会うってことだろ? 明日じゃないの?」
「ばっ……バカなの、アンタ!? 普通、この時期に“会う”って言うのはイブのほうでしょ!?」
「あのー……何を基準に“普通”って言ってます、御坂さん?」
「な、何ってそれは……」
その途端、急に美琴の勢いが削がれた。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
少ししてから、溜息を一つ吐いた美琴は「窓の外を見てみなさいよ」と上条に告げた。
「窓?」
言いつつ、上条は外を見る。
五時半の表通りは、日が暮れており暗がりのはずである。
しかし、ライトアップされたイルミネーションのおかげで、随分と幻想的な空間となっていた。
付け加えるなら、先程よりも、カップルの数が増えており、気のせいか彼らの距離が先程よりも狭まっているような……
「……御坂」
蚊の鳴くような声で上条は言った。
「……確か、あんな感じの街中をたった一人でうろうろするのがイヤだ、って言ってたよな」
「うん」
「なんつーか……俺もイヤだわ……。あの道をたった一人で歩いて帰る度胸、ちょっと無い……」
「でしょ? 私がイブに会おう、って言った意味、分かった?」
「まぁ、なんとなく……」
そう答えつつ、上条は「でもさ」と美琴に言った。
「なんで、俺なの?」
「へ?」
「いや、御坂だったら、べつに俺じゃなくても、他に誰か、いそうなのにさ。どうして、俺を選んだのかな、って」
上条の問いに対し、美琴は無言のまま溜息を返事とした。
「えーと……御坂さーん? 何ですか、その盛大な溜息は?」
上条が尋ねると、美琴は頬杖をついて、あらぬ方を向いた。
それから小さな声で「……ばか」と言った。
窓の外に目のやり場を求めた美琴は、向かいに座る男への不満な気持ちで一杯になった。
確かに、その気になれば、美琴は上条以外の“誰か”と一緒にイブを過ごすことができたのかもしれない。
でも、美琴はそれを考えなかった。
上条以外の誰かと過ごすくらいなら、一人で過ごす方がマシだと、心の底から美琴は思う。
それなのに美琴はわざわざ上条を選んだ。
それが意味していることくらい察しなさいよこのバカ……と美琴はちらと考える。
他の誰でもなく、この御坂美琴という少女が、他の誰でもない、上条当麻という少年と、クリスマス・イブを一緒に過ごしたい、というただそれだけのことなのに……。
でも、と美琴は考え直す。
現に、こうして上条とイブの夜を過ごしているのだから、もうこれで良いか、と考えてしまう自分もいる。
果たして、こんな自分は、上条に対して甘いのだろうか?
美琴は上条の方に視線を戻し「そういえば」と話を切り出した。
「アンタさ、結局、さっきあの店で、その……ゴムは買ったの?」
「ん? ああ、買ったぞ……えーと、ホレ」
「出すな、見せるな、しまいなさい!」
薬局のポリ袋から掌サイズの小箱を取り出した上条に怒鳴りつつ、どうしてコイツはこうもバカというか、無頓着なんだろう、と美琴は嘆いた。
「……まったく」
溜息と一緒に、そんな言葉が口から漏れる。
しかし……今夜はクリスマス・イブなのだ。
何か、色々と、手順や手続きをすっ飛ばしているような気がしなくもないが、ひとまずそれは横に置いておくとして……どうやら、上条は、あのゴムを使うような状況に美琴を引っ張り込みたいらしい。
それが嫌か、と問われれば、そこまで嫌だとは感じていない自分がいる。ちょっと怖いかな、と思いこそすれ、上条が相手なら、その恐怖心もいくらかは緩和できるような気がする、というのが美琴の本音ではあった。
上条が“その気”だと言うのなら、こちらも“その気”になるまで。一つ、腹を括った美琴は「……良いわよ」と上条に告げた。
すると、ポカンとした顔で上条は「何が?」と問い返してきた。
呆気にとられたのは、むしろ美琴の方だった。
頬を染めつつも、上条の顔をキッと見据えて美琴は「わ、私に言わせる気!?」と言った。
「え、な、何を……言おうとしてんだ、御坂は……?」
こちらの剣幕に押されたのか、少し引いている上条。
美琴は叫ぶように続ける。
「この意気地なし、根性なし! アンタは自分のやりたいこと一つ、自分の口で言えないの!?」
「え? いや、別に、俺、何かをやりたいとか考えてるわけじゃ――」
「じゃ、アンタはそのゴムを何のために買ったのよ!?」
「え? コレ? 言ってなかったっけ、俺?」
「い、いや、そりゃまぁ……見れば分かるけどさ……。ソレって、その……そういうのにしか使わないし……」
「なーんか……言いにくそうな口ぶりだなぁ、お前……。そりゃ、俺だって、セコい手を使おうとしてることくらい自覚はあるけど――」
「え? セコい?」
思わず、美琴がおうむ返しにすると上条は「うん、やっぱ、コレ使うのって、セコいよなぁ……」と前置きしてから、
「なぁ、御坂。やっぱ俺、こういうのを使わない方が良いのかな?」
「そ、そりゃ、ない方がいい……のかな? あ、でも……ねぇ? アンタ、経験あるの?」
経験がある、というのなら……それはそれで無茶苦茶、相当、超絶に、気にくわないが……経験がない場合、うっかり誤爆されると、それはそれで困る。
ところが、美琴の心情をまったくもって分かっていないらしい上条は間の抜けた顔と声で言った。
「何の経験?」
こんな公の場で、そんな恥ずかしい単語を言わせるつもりか、この男は。
羞恥プレー以外の何物でもない上条の問いに、美琴は額の血管が疼くのを感じた。
「……アンタさぁ……そんなに、私に対する言葉攻めが楽しいワケ……!?」
意図したわけではなかったが、美琴の周囲からバチバチと電気の弾ける音が響いた。
こちらが帯電していくのを目の当たりにして、上条は顔を青くしていったが、美琴も顔を赤くするのを止められそうになかった。
「ちょ、ちょっと……御坂さん? ここ、ホラ、喫茶店だし、公衆の面前だし、電撃は控えて――」
「どの口が『公衆の面前』とかヌカすかぁぁぁぁっ!!」
ありったけの電撃を上条目がけて叩きつけてやった。
刹那、店内が真っ暗になった。
土御門元春、青髪ピアス、一方通行は三人で街を歩いていた。
「あー、モテたいわー」
「にゃー、モテたいぜい」
「……どォでも良ィが、俺はなンでコイツ等と一緒にいるンだろォな……?」
一方通行は二人の横で呟いてみたが、それに対する二人からの返事は無かった。
土御門は言った。
「それにしても、さっきのカミやんの電話。ありゃ、随分とイヤミな電話だったぜい」
「ホンマやで……。その手の自慢話ならどっかよそでやってほしいわ」
「ま、カミやんはカミやん。オレ達はオレ達。オレ達も、なんか飯でも食って、楽しむとしようぜい?」
「お、ええなー、ソレ。白髪くんも来るやろ?」
「……まァ良ィけどよォ」
「じゃ、決まりだにゃー。お代は一方通行に任せるぜよ?」
「割り勘だ、クソッタレ!」
カタいことを言うもんじゃないぜい、という土御門の言葉を聞き流していると、目の前に見慣れた看板が姿を現した。
『上条禁止』
「おや? まーたカミやん、なんかやったみたいやで?」
「そのようだにゃー……ってあれ?」
土御門が視線を横へずらすと、
『御坂禁止』
何故か、御坂美琴まで出入り禁止になっていた。
一方通行は二人に尋ねてみた。
「こォいうのを、夫婦水入らずって言うのかァ?」
二人はしばらく唖然としていたが、少し間を置いてから二人は「さぁ?」と声を揃えていた。
停電しており、さっきまでは普通に営業していたらしい喫茶店の前で、三人はしばしの間立ち尽くしていた。
こうして、イブの夜は更けていく。
いよいよもって、行き場を失った気がしてならない。
仕方ないので、上条は美琴と一緒に、自分の学生寮へと引き上げてきたが……
「……不幸だ……」
まさか、喫茶店を美琴共々出入り禁止にされるとは予想していなかった。
「自業自得でしょうが……。まぁ、場所を考えずに、電撃を使った私も悪かったけどさ……」
テーブルを挟んで、向こうに座る美琴がそう言った。
それにしても、である。
そもそも、なんでこんなことになったんだっけ? と上条は自問した。
確か、カエルの足に電極を刺す実験みたいなことが嫌だった、というのが発端だったような……。
そこで上条は、はっと気付く。
カップルだらけの街中を一人で歩くのが嫌だから、美琴は上条を誘ったのだ、と言っていた。
それはつまり……
最初から、罰ゲームなんて、存在しなかった、ということでは?
つい、自分の不幸体質から、最悪のパターンを想定してしまっていたが、これはもしかすると、完全なる独り合点だったのかもしれない。
なんということはない。要は、自分が空回りしていただけ、ということなのだろう。
それに気付いた途端、妙に疲れている自分に気付く上条だった。
テーブルの上に顎を乗せ「……なんか、疲れた」と上条は呟く。
上条はちらと横を見て、薬局で買ってきたこのゴムも、無駄になっちまったなーということをちらと考えた時だった。
ガバッと上条は体を跳ね起こし、自分が買ってしまった物品を凝視する。
いくらなんでも、このゴム製品の“本来の使い方”を知らないほど、上条はバカではない。
電話でのやり取りにしろ、喫茶店での会話にしろ、どうにも美琴との話に奇妙なズレを感じていた上条だったが、もしかして、と思う。
まさか美琴は、上条と違って“本来の使い方”の話をしていたのでは?
付け加えるなら、美琴は喫茶店で何と言っていた?
『良いわよ』
と。
頬を染め、恥ずかしいけれど、覚悟はできた、とでも言いたげな様子だった美琴。
ゴクリ……と上条は唾を飲み込む。
ここは、自分の勘違いじゃないよね? と自問し、上条は目の前にいる美琴を観察する。
「な、なによ……じろじろと?」
「あ、いや……その……」
返す言葉に困る上条。
「俺、もしかして……その、なんつーか、えーと……」
「……ハッキリ言いなさいよ、ばか」
顔を赤くしつつ、俯き加減でこちらを睨んでくる美琴の姿は……不覚にも可愛いと思った。
「あのさ、俺、勘違いしてたみたいで、俺はその、別に御坂とそういうことをしたい、と考えたわけじゃなくってだな? あ、いや、でも、一度でも考えたことがないか、と言われれば、そりゃ……ある、と言わざるをえないワケで……えーと、その、なんかもう、いろいろとゴメンナサイ!?」
床に額を擦りつける勢いで上条は土下座体勢に移行する。
カーペットの上で、体を小さく折り畳んでいる上条の姿を見ていると、美琴の口からは溜息しか漏れなかった。
そこで、なるほど、とも美琴は思う。
上条との会話に、おかしな温度差を感じていたのは、上条が何か勘違いをしていたかららしい。
いったい、何を勘違いしていたのか。そのことを上条から聞き出してみると……
「カエルの電極?」
「いや、俺はてっきり、御坂が俺に“貸し”っていうから、罰ゲームとかするのかなぁ、って……」
「で、その罰ゲームが嫌だから、自分の身を守るためにゴム製のズボンを探していた、と……。あのねぇ、そんなズボン、薬局に売ってるわけないでしょー?」
「いや、俺もそう思ったんだけど、知り合いに片っ端から訊いたら、みんな『薬局行け』って言うから」
「……そりゃ、下半身がどうのって言えば……普通は“そっち”でしょ……」
「……だよな。いや、なんか、ごめん」
土下座の体勢を崩したものの、上条はうなだれていた。
「なんか、勝手に勘違いして、御坂を、変な気持ちにさせたりして……」
珍しく、殊勝な態度を見せる上条だった。
「それで、挙げ句の果てにこんなもんまで買っちまうんだから……俺、バカだよな……ははは……」
笑っているが、その声は乾いていた。すっかり呆然としているらしく、何を考えているのか、何を言えば良いのか、分からなくなっているらしい。
しかし、それでも上条は喋るのをやめなかった。
「女の子相手に、こんなの、見せびらかせちまってさ……。これじゃ、俺、そんなことばっか、考えてるやつだって、思われても……仕方ないよな……。最低だ、俺……」
そして、なにやら、どんどんブルーになっていく。
そこまで自分を卑下しなくても良いのでは? と美琴は思ったが、こちらも上条に何と言えば良いのか分からない。
思春期なら考えて当然、と言うことは容易い。美琴も、そういうことを考えないか、と問われれば、考えてしまう時だってある。
しかし、上条を慰める言葉など、今の美琴には思いつけなかった。これほどまで落ち込んでいる男を相手に、何と声を掛ければ良いのか、美琴にだって分かりはしなかったから。
いつの間にか、上条の口も止まっている。
重苦しい静寂だった。
雰囲気ばかりが悪くなり、気まずい空気が上条の部屋に漂っている。
それでいて、美琴の心臓は早鐘を打ったように速かった。
本当に、最低よ……と美琴は内心に呟く。
せっかくのクリスマス・イブなのだから、上条ともっと楽しい気持ちで過ごしたかった。
上条に良からぬことを吹き込んだ知人達に当たり散らすのは、お門違いだろう。
そして上条に悪気があったわけでもなければ、ましてや邪な気持ちがあったわけでもない。にもかかわらず、ここまで傷ついている上条を責めることなどできるはずがない。
では、美琴だろうか? しかし、美琴には自分が悪かった、とも思えない。
結局のところ、誰が悪い、というわけではない。
状況が、タイミングが、その時々の会話が、それこそ“偶然”と呼んでも差し支えないレベルで、悪い方へと歯車が噛み合ってしまったのだ。
美琴は痛感する。
これが、上条が抱える不幸体質なのか、と。
誰かに操られた結果でもなければ、自分で撒いた種、というわけでもない。
上条がそこに居る。それだけで、上条は不幸を呼び寄せる。
これまでなら上条の不幸体質など、普段の行いが悪いからだとか、自分から女の子に関わりにいったからだ、と美琴には思うことができた。
でも、もう、そんな風には思えない。
普段から、自身の不幸を、敢えて自分から笑い飛ばすことで、気丈に振る舞っているのが上条なのだろう。しかし、今、改めて上条の素顔を見せられた美琴は、自分もまた、上条に素顔を見せることにした。
強がってばかりで、素直になれない、こんな突慳貪な自分だけれども……今日ばかりは、こんな自分の一番奥にあるものをさらけ出そう。
上条が見せた素顔に、こちらも素顔で応えなければ、フェアじゃないような気がしたから。
床に座り込み、力なくベッドに背中を預け、フローリングの染みを上条は見るともなしに眺めていた。
どれくらいの間、そうしていただろうか。時計を見ていないので確かめる術は無かったが、もう何もかも、投げ出したい心境の上条にとっては、もはや全てがどうでもよく思えてきた。
美琴の電撃から身を守る術を考えていただけだった。
それだけの、はずだった。
あんなに顔を赤くしていた美琴は、上条のデリカシーのない発言の数々に、さぞかし恥ずかしい思いを味わったのだろう。そしてそんな美琴の姿を不覚にも可愛いと思ってしまった自分は……いったい、何なのだろう?
もはや、不幸だ、という単語すら、口から漏れてくれなかった。
ただひたすらに、自己嫌悪の念に苛まれるばかりだった。
その時、上条の視界の端で、何かが動く気配があった。美琴が立ち上がったのだろう、ということに気付いた上条は、帰るのかな? と思った。
率直に感じたのは、一人になるのは嫌だな、という甘えた気持ちだったが、それを美琴に告げるだけの勇気も度胸も気力も持ち合わせていなかったし、何より、虫の良すぎる話だろう、と上条には思えてならなかった。
一人にされて、当然、か……。
それはそうだろう、と上条は思う。だって、自分は不幸なのだから――
「え?」
それ故、ほのかに漂ってきた甘い香りと、体に感じる柔らかい感触は、文字通りの不意打ちだった。
顔を上げれば、存外、近いところに美琴の顔があった。
美琴が上条の体に抱きついてきたのだ、ということを上条が理解できたのは、美琴の「……バカよね」という声を聞いた後だった。
「み、さか……?」
「アンタもバカだけど……バカさ加減では、多分、私も負けてないと思う」
「……え? なに、言って?」
「アンタ、辛そうな顔なんて、普段から見せないから……。私もつい、キツいこと言ったりしちゃうし、それでも、アンタ、笑ってくれるから……アンタが傷ついているんだって、これっぽっちも、実感してなかったから……」
上条の耳元で、美琴は囁いてきた。
上条は相槌を打つことも忘れ、美琴の言葉に聞き入っていた。
「アンタにはひどいことしか言ってこなかったし、アンタには強がってばかりだったけど……。でも、私はアンタを『最低なヤツ』だと考えたことなんて、一度もない」
「……ホント……か?」
「嘘言ってどうすんのよ。今日くらい、素直になろうって、思っただけ」
そう言うと、美琴は顔を動かし、上条の目をじっと見つめてきた。
美琴のよく動く瞳の中心に、上条の顔が映り込んでいる。瞳の中の上条は、なんとも形容しがたい、ひどい顔をしていた。
今にも泣きそうな顔になっている自分。
不幸に慣れたつもりで、不幸に耐性があることを気取っていた自分。
しかし、美琴に拒絶されたのかもしれない、と考えただけで、こんなに脆くも崩れ去る自分。
まったくもって、不細工だ。
美琴は、こんな俺の、一体どこが良いのだろう、と上条は思う。
思いはしたが、すぐにどうでも良くなった。
美琴が自分をどう思っているのか、ということよりも……
自分が美琴をどう思っているのか、ということのほうが、この時の上条は大切であると思った。
美琴が瞳を閉じる。
美琴の顔が、こちらにゆっくりと近づいて……いや、上条の顔が美琴の方へと近づいている、のか?
どっちでも良いか、と上条はそこで思考を止めると同時に、自分もまた目を閉じる。
そして――
今夜はクリスマス・イブ。
いつの間にやら雲の隙間から、月が顔を覗かせている。
月明かりが、唯一の光源となった上条の部屋には、乱雑な開け方をしたため、少しばかり歪な形になってしまった“掌サイズの小箱”が転がっていた。
静かに夜は更けていくが、上条の部屋からは幸せそうな寝息が二つ聞こえてきた。