2012年三月。
時の流れの速さは、人生の節目に立たされた時にこそ強く実感する、と西園寺美咲(さいおんじ みさき)は思った。
第七拠点都市・ヤマシロ。
そこの中央地区には、大学受験を目指す者達のメッカこと、涼風館予備校(りょうふうかん よびこう)がある。
そこで一年間の浪人生活を過ごすこととなった美咲は、その一年間の努力の成果もあり、どうにかこうにか志望大学への合格を果たしていた。
現在、涼風館ヤマシロ中央校では合格祝賀会が開かれている。
普段、黒板の方に向けて列を成している机は、今日に限っては教室の外に放り出されていた。あるのは椅子だけであり、その椅子には合格した喜びを分かち合う予備校生が座っている。
「いやー、長かったなあ、一年間」
「まったくだわ……。でも受かって良かったよ、いやホント」
一年間を振り返り、あんなことがあった、こんなこともあった、と話し込んでいる連中の輪から少し離れ、美咲は携帯電話を弄っていた。
「美咲ちゃん」
背後から声を掛けられた。
振り返ると、倉持憲吾(くらもち けんご)が立っていた。
普段から軽薄そうな顔をしていることの多い倉持だが、志望校に受かったことでホッとしているのか、さらに締まりのない顔になっていた。
「なに、倉持?」
「風間、見なかったか?」
風間――風間清太郎(かざま せいたろう)の名前を倉持は話題に挙げる。
美咲は首を横に振る。
「いや、見てないわよ、今日は」
「……来てないのか?」
おかしいなぁ、と言って倉持は首を捻る。
「アイツ、受かったんだから、祝賀会に顔出せば良いだろうに」
そう、美咲も、倉持も、そして風間も、三人揃ってヤマシロ市立大学の工学部に合格していた。
しかし、祝賀会に顔を出していたのは美咲と倉持だけであるらしい。
美咲は言った。
「さっきから何度か、風間にもメールはしてみたんだけど……」
「返事はないのか?」
「うん」
「……どこほっつき歩いてるんだか」
前々から、ちょっと変わったヤツだとは思ってたけどよ、と言葉を結んだ倉持は、美咲の傍を離れていった。
美咲は再び、携帯電話の画面に目を落とす。
やはり、風間からの連絡はない。
メールでダメなら、電話でもしてみるか、と思った美咲は廊下に出る。
賑やかな教室に比べ、人のいない廊下は随分と静かなものだった。
アドレス帳から「風間清太郎」の項目を選び出し、美咲は電話を掛ける。
どうせ出ないんでしょうけど、と思っていた美咲だったが、予想に反して電話はすぐにつながった。
『――はい?』
「あ、風間? 何してるのよ?」
『いきなりだな……何だ? 俺に、なんか用事?』
「用事も何も、今日、合格祝賀会よ?」
『祝賀会……? あ、あったな、そんなの……』
どうやら、忘れていたらしい。
「今からでもここに来れば? みんな、楽しんでるわよ?」
『……いや、いい。俺、これからちょっと用事あるから』
「用事?」
美咲が訊き返すと、風間は答える。
『ああ、ちょっと墓参りにな』
墓参り、という単語に、美咲は「あ」と声を上げる。
美咲は尋ねる。
「……例の人のところ?」
『そうだ。ちょっと、あの人にだけは、合格の報告っつーか……なんだろ、なんとなく、墓参りに行かなきゃいけないような気がして』
ということは、ここには来ないということである。
美咲は言った。
「そう。それじゃ、次に会うのは、入学式かしら?」
『……多分』
美咲は眉間に皺を寄せる。
コイツ“多分”と言いやがった……。
まさかとは思うけれども、風間のことだ。入学手続きをすっぽかす可能性があった。
やれやれ、と美咲は溜息を吐く。
風間は変人である、という倉持の評価に両手を挙げて賛成したい気になった美咲だった。
そんな変人と、美咲が出会ったのは今からちょうど一年前。
大学受験に失敗し、次年度こそはという意気込みに溢れた連中に混ざり、特異な存在としてそこにいた風間は、その日、涼風館の教室にて美咲の隣りの席に座っていた――