年度が替わった。
四月になり、2012年というものを、本格的に意識するようになった。
こちらの腹は既に決まっているのに、不承不承という表情を崩しもせずに、涼風館ヤマシロ中央校の担任が風間に言った。
「……本気ですか?」
「はい」
迷いのない返事をすると、担任は溜息を一つ吐き、それから言った。
「開校以来ですよ、君みたいなのは」
「でしょうね」
「ヤマシロ市立大学なんて、行きたくても行けない人間の方が多いんですよ? それなのに、合格を蹴って、もう一度浪人するなんて……」
「どうしても、やりたいことがあるんです」
「医者、ですか?」
「はい」
「しかし、なんでまた急に……」
「急かもしれませんが、自分なりによく考えました」
「まぁ、風間くんは、ちゃんとした考えを持っているとは思いますが……それにしても、橙光大の医学部ですか?」
「はい」
「知ってるとは思いますが、医学部というところは別格ですよ? 現役で私学、一浪で国公立の工学部に合格したからといって、もう一度受験して合格できるという保証は――」
「分かってますよ、ちゃんと。でも、どうしても……譲れないんです」
決然とした声には、力が宿る。
言葉を遮られた担任は、肩をすくめてみせた。
「わかりました。じゃ、今年一年、改めてよろしくお願いしますよ、風間くん」
折れる気になったらしい担任の声に、風間は「はい」と返事をした。
涼風館ヤマシロ中央校の入学手続きを終え、もはや慣れてしまった涼風館の自習室で、これから必要になるであろう生物を基礎から勉強していた。
ふと、机の上から視線を上げ、風間は窓の外に目を向ける。
生野透の影は、もう見えなかった。
しかし、どこかから風間を見ているような気はする。
風間は呟く。
「生き死にを決めるのが神様なら……」
――俺は神になる――
決意を胸に秘め、風間は医者を目指すべく、新たなる一歩を踏み始めた。