だから、かもしれない。
気がつけば、風間は昨年の夏にも訪れた墓地に足を運んでいた。
道なりに歩いていると、携帯電話が鳴った。
西園寺美咲からの電話だった。
「――はい?」
『あ、風間? 何してるのよ?』
「いきなりだな……何だ? 俺に、なんか用事?」
『用事も何も、今日、合格祝賀会よ?』
「祝賀会……? あ、あったな、そんなの……」
『今からでもここに来れば? みんな、楽しんでるわよ?』
「……いや、いい。俺、これからちょっと用事あるから」
『用事?』
「ああ、ちょっと墓参りにな」
『……例の人のところ?』
「そうだ。ちょっと、あの人にだけは、合格の報告っつーか……なんだろ、なんとなく、墓参りに行かなきゃいけないような気がして」
『そう。それじゃ、次に会うのは、入学式かしら?』
「……多分」
今の自分には、そう答えるしかない。
はっきりと否定することもできず、かといって肯定することもできない。
すると、電話の向こうにいる美咲は溜息を吐いていた。
生野透の墓石の前で、風間はしゃがみ込む。
目を閉じ、両手を合わせた。
そして、風間は墓の下で眠っている生野透に向けて呟いた。
「よう。宣言した通り、第一志望に受かったぜ」
風間はトートバッグから、合格通知書を取り出した。
そして、それを墓石に供える。
「……まったくもって、長かった。第一志望ってトコロに合格できたのは、生まれて初めてだ。だから……本当なら、もっと喜ばないといけないんだろうけどな……」
しかし、喜べない自分がいる。
嬉しいと思えない自分がいる。
「もっと、浮かれたって良いんだよな。でも……おかしなことに、だ。感慨というか、そういうのが、まったくもって感じないんだよな」
願ってやまなかった第一志望。
拘り続けたものを、ついに手に入れた。
それなのに、満たされない。
それは何故か?
いくら考えても分からなかった。
「教えて欲しいよ……」
とは言っても、誰も教えてくれるはずがない。答を知りたいと思っても、教えて欲しい人間は既にこの世にはいない。
いや、ひょっとして……と風間は思い直す。
生野透が、既にこの世を去っているから、自分は満たされないのではないか?
生きている人間を相手にして、勝つ。それならば、相手の悔しがる顔を眺めることで、優越感に浸ることもできる。
だが……既に死んでいる人間が相手なら?
どれだけ尽力しても、どれだけ強くなっても……死人は、悔しがったりはしない。
きっと自分は、生野を見返してやり、生野の悔しがる顔が見たかったのだろう。
しかし、それももうできない。
当たり前だ、三年前に死んでいるのだから。
「もう一度、勝負がしたい。勝負すれば、今度こそ負けない自信がある。でも……」
その“次”は永遠に来ない。
いくら勝ちたいと願っても、勝負ができなければ、勝つことなどできない。
「これが、死ぬってことか……」
二度と会えない。
二度と勝負もできない。
そして、二度と勝つことができない。
それなのに……自分は今までずっと、亡霊を相手に戦ってきた。勝ち負けなど最初から存在しない。あるのはただ一つ、決して終わりのない、そして報われることもない、自縄自縛の戦いだった。
むなしい、と風間は思った。
「せめて、アンタが生きててくれればな……」
生野透が生きていたら……と思った時、風間は視界が滲むのを感じた。
ぼやけてよく見えないので、寝不足か、とも思った。
その時、目から何かがこぼれ落ちた。その滴は頬を伝って流れていく。
その段になって、風間は自分が泣いていることに気がついた。
悲しい、という感覚は無い。
しかし、目から溢れ出る涙は、止まることがなかった。
「なんで……泣いているんだろうな、俺……」
涙ぐみながらも、風間は生野透に話を続けた。
「なんで、アンタは死んだんだよ……。アンタが、アンタさえ、生きててくれれば、俺はアンタを見返すことだってできたんだ……ッ! それなのに……」
それなのに、と呟いても、生野透が帰ってこないことなど分かりきっている。分かりきっているが、それでもそう言わずにはいられない。
「どうしてなんだ……どうして、アンタは死んじまったんだ……」
軽い、と思った。
余りにも人の命が軽すぎると思った。
もっと重くていいはずなのに、人の命が軽すぎるように感じてしまう。
不慮の交通事故だった。
事故一つで、人間はあっけなく死んでしまう。
人の心に、これほどのトラウマを残しておきながら、あっさりと命を落としてしまうのは何故なのか。
それが、神様の定めたことだというのか。
風間は墓石の前で、時が経つのも忘れてむせび泣いた。
ひたすらに、泣き続けた。