そういや去年、ハルヒは朝比奈さんと二人で校門でビラ巻きをやってたのが今時分だったっけな……とぼんやり考えていたら、案の定、今年も二匹のウサギが校門に出現したらしい。まったく……ハルヒはどこまでいってもハルヒだな。一年前に戻っちまったというのに、やってることがまったく変わってない。ただ今年は去年とは違って、ハルヒの毒牙にかかっちまったのは朝比奈さんではなく、キョン子だったが。
そのキョン子だが、初めてキョン子と会った時は俺も驚いた。俺と似たようなあだ名をしている上に、一年前の俺のポジションにいるというのだから、初対面であるはずなのに、俺は彼女と初めて会った気がしなかった。もっと有り体に言えば、俺は彼女とは他人である、という気がせず、さらに言えば、まるで彼女が俺そのものではないだろうか、という幻覚すら覚えそうになる。
そういえば、一姫はこの前、言っていたっけな。世界修正の波に飲み込まれた時に、自分自身が分裂してしまった、と。ひょっとして、俺自身も分裂してしまった、ということは考えられないだろうか?
そのことを一姫に尋ねてみたら、彼女はこう答えた。
「さぁて、どうでしょう? 正直に申しまして、まだ調査中なもので、何とも言えません」
「いったい、いつまでかかるんだ、その調査とやらは?」
「あら、随分と気が短いんですね? 短気は何かと損をすることが多いんですよ?」
なんだか、上手くごまかされている気がするんだが。
「ただ、これだけは言えます。例え、あなたが分裂してしまい、結果としてあなたと、キョン子さん、のお二方が存在してしまったのだとしても……あなたは、あなたでしょう?」
そう言って、一姫は俺との間合いを瞬時に詰め、顔を近づけてくる。ほのかに甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「そう簡単に割り切れりゃ、良いんだが……」
俺は一姫の顔から目をそらした。すると一姫は口を俺の耳元に近づけ、囁くように言う。
「……他人の気がしない、ということはキョン子さんを意識している、ということではないですか?」
「なっ?」
俺は、そんなバカな、と否定した。
「会ってまだ一日かそこらだぞ? その程度で惚れるわけが……」
「一目惚れ、っていう言葉の意味、知ってますよね?」
一姫はそう言って、俺の言葉を遮った。その頃には一姫は俺との距離を取っていた。
一姫の顔にはいたずらっ子のような笑みが浮かんでおり、俺はなんだか狐につままれたような気になった。
「もし、あなたにそのような気があるんでしたら……自分の思いを告げてみるのも良いかもしれませんよ?」
「……なんでそんなに、お前は楽しそうなんだ?」
「あら? 楽しんでいるように見えます?」
「少なくとも、俺にはそう見える」
「なら、私は自分の考えていることがすぐ顔に出てしまう人間、ということになりますね。実際、私はここ最近の生活を楽しんでいますから」
そこで一姫は一度言葉を切り、くるりとその場で一回転する。ひらり、とスカートが翻った。
「女の子、というのもなかなか楽しいものですよ。良かったら、あなたもやってみませんか?」
「遠慮する」
こいつ……なんだかんだ言いつつ、女になってからの生活を楽しんでやがる。どこまで順応性が高いんだろうな、と思いつつ、俺達二人は北高の正門を通り過ぎた。
教室にやってきて、俺が自分の席につくと、にやにやとした笑みを顔に浮かべながら海音寺が近付いてきた。なんだ、その、お前の秘密を知ってるぜ、みたいな笑い方は?
「またまたぁ。トボけなさんな、キョン」
「トボける? 何をだ?」
訊き返すと、海音寺は「誰だよあの美人」と言った。
「美人?」
「隅に置けねぇな、キョンも。窓から見えてたぜ? お前が美人と話をしながら登校してくるところ」
ああ、一姫のことか、その美人ってのは。
「下の名前で呼び合う仲なのか?」
「だからと言って、そこまで深い仲ってわけでもない。部活の団長と副団長っていうだけだ」
一応、弁明しておいた。しかし、海音寺はにやけ笑いをやめなかった。
「ほー? つーことは、キョンの部活にゃ、美人が随分と多いワケか。羨ましい限りだな」
そう言って、海音寺は俺の眼前に一枚の紙を突き付けてきた。内容を確認すると……先日、ハルヒとキョン子が校門で配っていたビラだった。この男も貰ってたのか。
「昨日はびっくりしたぜ? 校門を出ようとしたら、バニーガールがビラ配ってるんだからよ」
そりゃまあ、びっくりもするだろうな。校門でビラ配りをしてるバニーガールがいる高校なんて、全国を探しても北高だけだろうし、それくらい珍しいもんにお目にかかれば、驚きもするだろうさ。
「なあ、キョン。お前、あのバニーガールと知り合いなんだよな?」
周囲の奇異を見る目が俺に向いてしまうことを考えれば、正直なところ、俺はハルヒとキョン子と知り合いであるということを否定したい。しかし、俺がSOS団なる団体の一員であるという事実は既に一同の周知となってしまっており、どう足掻いても、俺がハルヒとキョン子を知らんぷりすることはできないのである。だから俺は「まあ、な」と言葉を濁しておいた。
しかし、そんな俺の態度なぞどこ吹く風と言わんばかりに、海音寺は尋ねてきた。
「じゃあさ。あの、ポニテのバニー、名前、何て言うんだ?」
さあね、俺は知らん、としらばっくれても良かったのかもしれない。しかし、興味津々な様子の海音寺を見ていると、まあ、名前くらい、教えてやってもいいか、と俺は思った。
「本名は知らんが、あだ名なら知ってる」
「あだ名?」
「キョン子、っていうそうだ」
名前を教えてやると、海音寺はつかの間、ぽかんとしてから言う。
「キョン子って……また、アレだな……」
「アレって何だ?」
「俺達と似たようなっていうか……そんな感じのする、あだ名だな、また」
「……そうかもな」
そういえば、キョン子は言ってたな。キョン子もまた、不承不承ながら「キョン子」というあだ名を頂戴してしまった人間だと。
俺、キョン子、けいおんじこと海音寺。似たような境遇を経験した三人が都合よく一同に会するかのように存在している。古泉や一姫に、この状況を訊けば、あの二人は何と答えるだろうか。肩をすくめて、ふっ、と笑い、「ちょっとした恐怖」とでも評するのだろうか。
海音寺は再度、顔に笑みを浮かべ、言う。
「互いに共通する経験がある、ということは共通する話題がある、ってことだな。俺、ひょっとして、そのキョン子っていう女の子と、相性、良いかもな」
「何だ、海音寺? お前、キョン子のこと、狙ってるのか?」
「狙っても良いだろう? 可愛いし」
「まあ……確かに可愛いと思うがな」
バニーのコスプレが原因で惚れました、と言ったところで、キョン子が素直に首を縦に振ってくれるとも思えんが。
「別に俺は、そのバニーが原因で気にいったわけじゃないんだけど」
「バニー騒動が起ったあとじゃ、そう取られても仕方ないぞ」
「ふーん……。じゃ、ここは、内側から攻めるとするか……」
「内側?」
俺は訊いた。海音寺は答える。
「ああ。つーわけで、キョン。俺をSOS団に入れてくれ」
思わず、耳を疑った。俺は海音寺の顔を凝視し、「正気か?」と言った。
「十分に正気だぜ。SOS団に入って、キョン子に近づいて、仲良くなって……そうだな、まずは、友達からでも……」
勝手に脳内で未来図を作っているらしい海音寺に、俺は「……やめといた方が良いぞ」と言ってやった。
「おいおい? お前一人で美人を独り占めか? そいつは無ぇだろう、キョン」
忠告のつもりなんだがな、一応。
「疲れるだけだぞ、SOS団なんて」
「じゃあ、なんで、お前、SOS団の団長なんてやってるんだ? というより、そもそも、何故、そんなSOS団に参加したんだ?」
ある意味、当然とも言える海音寺の疑問だった。
その答えなど、とっくの昔に出ている。宇宙人、未来人、超能力者と共に、涼宮ハルヒと一緒になって遊ぶのが楽しいから、である。
しかし、キング・オブ・パンピーの海音寺に、そんな直截な俺の感想を述べるわけにもいかず、俺は、いわゆるありきたりで月並みな言葉を返すことにした。
「そんな団体だと最初にちゃんと分かってりゃ、入部したりしなかったさ」
肩をすくめて、ポーズまで取っておいたんだ。それなりに説得力のある言葉にはなったと思う。
そこでタイミング良く、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。海音寺のSOS団参加の話が流れてしまい、海音寺は俺に小声で「俺の入部、考えといてくれよ」と言って自身の席に戻った。
別に俺は、海音寺がSOS団に入ってくることが嫌なわけではない。しかし、マトモな頭をした人間なら、SOS団は奇怪な集団であり、そこからは距離を置きたい、と思うのが普通であり、そこの一員になりたいなどとは思うはずがないのである。尤も、海音寺の場合、SOS団の男女比、男が1に対し、女が5であり、その5が全て美人だから、という単純な理由だろうが。
ひょんなことから、現在のSOS団の女性人口が急増してしまい、このままでは海音寺のように、美少女が目的でSOS団の門を叩く輩が増えるのは時間の問題だろう。そうなったらなったで、何かとややこしいことになりそうだし、これは早々に、何とかした方が良いだろうな、と俺は思った。
だから、俺は万能宇宙人に助けを求めることに決めた。
長門に頼りっぱなし、ってのもどことなく情けないし、長門にも悪いような気がする。しかし、そうも言ってられないような気がした俺は、一応、長門に助けを求めてみることにした。
放課後、部室にやってくると、いつものようにパイプ椅子に長門が座っていた。他には誰もおらず、俺は長門に「なぁ、長門」と話しかけた。
「お前、この世界がどこかおかしくなっちまってること、気づいてるのか?」
俺の問いに長門は首を縦に振った。
「涼宮ハルヒの願望により、世界が一年前に戻ってしまっていることは既に理解している」
「で、そのおかしくなった原因とか、分かるか?」
しかし、俺の二つ目の問いには、長門は首を縦に振らなかった。
「現状ではまだ何とも言えない。それよりも、危惧すべき問題が他にあるため、その件に関してわたしは調査をしていない」
「他に? 何かあるのか?」
「ある。朝倉涼子が復活している」
あ。思わずそんな声が出た。一年前に戻っているっていうことは、朝倉涼子も復活しているってことだ。ナイフ片手に笑顔で俺を殺そうとしてきた朝倉の顔が脳裏にちらと浮かび、俺は嫌な汗が背中を流れていくのを感じた。
「朝倉涼子を警戒する必要があり、それが今のわたしのするべきこと。だから、あなたの役に立てるだけの働きが今のわたしにはできない」
「そうか……。いや、良いんだ。そんなに申し訳なさそうな顔をするな、長門」
こいつはこいつなりに、自分にできることをやってくれているんだな。俺はそう思い、長門にそれ以上、何も聞かないことにした。
扉の開く音が聞こえた。俺が振り返ると、キョン子がそこにいた。昨日、あれだけの目に遭ったにもかかわらず、また部室にやってきてくれるとは。俺は顔に微笑みを浮かべて「よっ」と声をかけた。
「あ、先輩。先に来てたんですか?」
「まあな。それより、キョン子。その敬語は無しで頼む」
「え?」
目を丸くするキョン子に俺は「なんだか、やりにくい」と言った。
しばらくの間、目を丸くしていたキョン子だったが、そのうち、はにかみながら「分かったわ」と言った。
「いやぁ、正直なとこ、あたしもどことなくやりにくかったのよ。なーんか、あなたとは他人の気がしなかったの。なんでだろ? あなたとはこの前、初めて会ったばかりなのに、まるで、どこかで会ったことがあるんじゃないかって」
そう言いつつ、キョン子はパイプ椅子に座る。俺もテーブルを挟んでキョン子の向かいに座った。
「へぇ、奇遇だな? 俺も、キョン子とは前にどっかで会ったような気がしてたところなんだ」
あ、あなたもだったんだ、と言葉を続けたキョン子は顔に笑みを浮かべる。そんな朗らかな様子を見ていると、どうやら昨日のアレから立ち直っているらしい。
俺はキョン子に訊いてみた。
「それより、キョン子。昨日、あんな目に遭ったのに、よく、またこの部屋に来る気になったな?」
「うん……。少し、悩んだわよ、やっぱり。ハルヒに振り回されるのも、正直、良い気はしないわね。でも、なんていうのかな。あたしがいないと、ハルヒのブレーキ役がいなくなるような気がするし、それにあたしの代わりに、朝比奈さんがオモチャにされてそうな気もするから」
「あいつのブレーキ役が務まるやつなんて、そうそういるもんじゃないし、大変なポジションだぜ?」
それは俺が去年一年間で身をもって学習したんだから間違いない。
しかし、キョン子はこう答えた。
「確かに、あたし一人ならね」
俺が、え、と訊き返すと、キョン子はまじまじと俺を見つめてくる。
「でも、あなたも助けてくれるんでしょ? あたしのこと。あなたとあたしの二人がかりなら、ハルヒを押さえつけることはできなくても、ハルヒの進む方向くらいは制御できるんじゃない?」
「おいおい……俺に、ハルヒのブレーキ役をやれってのか?」
俺は苦笑して答えてみる。すると、キョン子も苦笑して言った。
「というより、あなた、もうすでにハルヒのブレーキ役をやってそうだもん。自分から買って出てそうだし」
俺は目を丸くした。キョン子はテーブルに身を乗り出して言葉を続ける。
「キョンはさ。ハルヒのこと、詳しそうだよね? なんで、そんなに、ハルヒのこと知ってるの?」
そんなもん、去年一年間、一年五組の教室と、この部室で俺がハルヒと学校生活を共にしていたからだ、と言うべきだったのだろうか。少し迷ったが、俺は微笑みと共に、キョン子に言ってやった。
「いずれ、キョン子にも分かる。あ、こいつは、まぁ、『先輩』としての忠告だ」
単なる、北高における先輩というだけではない。キョンという人間が受け持つことになる役割を担うことになった身分の先輩として、俺から送るもう一人の俺へ、のな。
そもそも、キョン子が俺の分身みたいなものでなかったなら、キョン子は今日、ここへは来なかった。それでも来たということは、ハルヒのやることなすことに腹を立てつつ、胃を痛めつつ、嘆きつつ、悲しみつつ、それでも「やれやれ」と嘆息しながらハルヒの傍で生きていくことを、意識があったにしろ、無意識にしろ、キョン子は選んだということだ。それはすなわち、俺が選択した生き方と共通するわけである。
なら、『俺の分身の姫君』には、余計な説明など必要ない。だって、時間と共に、キョン子は俺の見てきたこと、感じてきたことを俺と同じように見てくれるだろうし、感じてくれるだろうから。
さて……俺の見てきたこと、感じてきたことをキョン子も見て、感じてくれるというのなら、確か去年の今頃は……ハルヒが謎の転校生が来た、とかなんとかで騒いでいた頃だったっけな。
俺はキョン子に訊いてみた。
「それより、キョン子。ハルヒはどうしたんだ? 同じクラスなんだろ」
「何でも、今日、転校生が来たらしくって。授業が終わるなり、九組に飛んでいったわよ」
やっぱり。以前の一姫の言葉の通りなら、男の古泉が……すなわち、古泉『一樹』がここにやってくる、ということだ。
その後、ハルヒが部室に古泉一樹を連れてきて、古泉が自己紹介をした後、部室にハルヒコが現れた。そして、俺は古泉と共にハルヒコの北高案内に付き合うことになった。
涼宮ハルヒコは曲りなりにも生徒会長である。よって、ハルヒコは古泉と俺とを伴って北高案内を始めた。なんでも、転校生である古泉一樹に北高のことを、そしてSOS団の詳しい活動のことをもっと良く知ってもらおう、ということらしい。
SOS団の活動に関する話を一通りくっちゃべった後、ハルヒコは美術室はどこにあるだの、音楽室はそっちだの、といったことを言いながら、俺達は三人で校舎を練り歩いていた。
「生徒会長らしい一面もあるんすね?」
俺はハルヒコにそう言った。先を歩くハルヒコは首だけ後ろに向けて「おい、キョン」と言う。
「前々から気になってたんだけどよ。お前、なんで急に、俺に敬語なんだ? 去年までは普通にタメ口だったろ、お前」
不思議そうな顔で尋ねてくる。そもそも、俺は去年、あんたという存在を知らなかった。相手が先輩で生徒会長となれば、一応、敬語を使うべきなのでは、と思ったから使っているだけであり、深い理由などあるわけない。
「別に理由なんてないっすよ? ただ、今年から生徒会長だって言うもんだから、言葉づかいに気を使ってるだけで……」
「余計な気を使うなって。俺とお前の仲だろうが? SOS団では団員の親睦を深めるために、敬語廃止にしようかと俺は考えているくらいなんだぜ?」
ハルヒコがそう言うと、古泉が「おや、それでは僕も、敬語をやめた方がよろしいでしょうか?」と言った。
「ん? まぁ、使いたいやつは使えば良いさ。俺が言いたいのは、だ。去年まで普通にタメ口きいてたやつにいきなり敬語使われるとなんだか調子が狂うんだよ。だから、キョン。少なくともお前は俺に敬語禁止。分かったな?」
「それは、生徒会長命令か?」
俺は一応、そう訊いてみた。まぁ、返ってくる答えなんて予想できたけれども。
ハルヒコは口元をゆがめて、こう答えた。
「違うぜ。先代団長命令だ」
だろうな、やっぱり。
「では、僕はやはり、敬語を使わせてもらいましょう。その方が、僕はなんだか自分自身にしっくりと来ますのでね」
そう言って古泉は肩をすくめてみせた。うーむ。こちらの古泉は俺の記憶にあるままの古泉である。一姫と違って、動作の一つ一つに心が騒ぎもしないし、ただのニヒル野郎にしか見えない。
俺は先を歩くハルヒコとの距離を少し開け、古泉に近づいた。
「お前……やっぱり、超能力者なのか?」
「やっぱり、というからには……どうやらあなたは、一姫姉さんからある程度は僕のことを聞いているということですね?」
「まぁ、ある程度、ではあるがな」
ハルヒコに聞こえないように、俺達は小声で話を続ける。
「どうやら、僕は、一姫姉さんの分裂体になるそうです。それとも、一姫姉さんが僕の分裂体になる、のかもしれませんが」
「どっちでも構わん」
「……まぁ、あなたも僕に訊きたいことは色々あるでしょうけれど、それはまたの機会にしてくれませんか? 涼宮くんに聞かれてもまずいことですし」
「いずれ、どういうことか聞かせてもらえるんだろうな?」
「いずれ、話しましょう。僕も、一姫姉さんと共に、この修正された世界を調査している最中なものでして」
どうやらこっちの古泉も、一姫と同じく、調査をしているらしい。二人で手分けしているというのに、その調査とやらはそんなに進んでいるようには見えんのだが。
「去年とは――この『去年』とはあなたにとっての去年です――事情が色々と違いましてね」
そう言って、古泉は再度、肩をすくめて見せた。
俺達二人が視線を前に向けると、ハルヒコがこちらを振り返っていた。
「なーに、コソコソと話しこんでんだ、お前ら? まさか、愛し合ってる、とかじゃねぇよな?」
ハルヒコにあらぬ疑いをかけられた俺達は、全力で――少なくとも俺は――否定した。
「だったら離れろ、気色悪い。性欲を持て余してんなら、女に向けろ。俺が良いもん見せてやっから」
「良いもの? なんだそれ?」
俺が尋ねると、ハルヒコは得意げな笑みを浮かべて前を向いた。
「そいつは部室に戻った時のお楽しみ、だ。目の保養になるぜ、多分」
本棚にハルヒコがエロ本でも隠しているのだろうか、と俺はこの時、予想していたのだが、それは見事に覆された。改めて考えてみれば、北高案内には、ハルヒコは古泉だけを連れていけばよかったのであって、俺という存在は別に必要なかったはずである。それなのに、俺を連れだした理由。それは……ハルヒのイタズラを止める人間をその場から一時的に消すためであった。
すなわち、俺が部室に戻ると、そこには完璧なまでにメイド衣装が似合っている朝比奈さんとキョン子がいたのであった。
スマン、キョン子。俺とキョン子が二人がかりなら、向こうはハルヒとハルヒコの二人がかりだったんだ。結局、俺はハルヒとハルヒコが組んでしまえばもはや自分の手には負えない、ということを新たに学習し、嘆息する。
しかし、まぁ……なんだ。慰めになるのかどうかは分からんが……。俺はキョン子に近づいて、こう言った。
「似合ってるぞ」
「むっ……」
ほんの少し頬を染めたキョン子がどこか嬉しそうに見えたのは……俺の気のせいではなかったと信じたい。