休みの日に朝九時集合だと、ふざけんな。
とかいうことを考えたのも、今となっては懐かしい。キョン子あたりは、そんなことを考えていそうなものだが。
さて、俺はふと気になっていることがあった。こういった集まりがあり、その待ち合わせに最後に到着するのはいつだって俺だった。しかし、今回はキョン子がいるわけで、はて、最下位は俺か、キョン子か、どっちなのだろうか。
結論を言えば、最下位はキョン子だった。そして俺は……あな珍しや、最初の到着だったわけである。俺の次に長門、そして朝比奈さん、でもってダブル古泉、涼宮兄妹、最後がキョン子、といった具合である。
例によって、最下位のキョン子はハルヒに怒鳴られていた。あー、去年、俺も怒鳴られたっけな。
「九時には間に合ってるでしょ!」
キョン子も言い返すが、そんなものがハルヒに通用するわけもない。俺はキョン子に目だけで「諦めろ」と言ってやった。
「まっ、その辺で許してやれ、ハルヒ」
ハルヒコがハルヒにそう言いつつ、駅前の喫茶店へと歩き始めた。
「とりあえず、今日の行動予定決めるからよ、喫茶店行くぞ」
「なぁ、ハルヒコ。ところで、その喫茶店のお代、誰が払うんだ?」
さっき、ハルヒはキョン子を叱り飛ばしてはいたが、罰金がある、とは一言も言わなかった。まさか、無茶苦茶な理屈をこすりつけて、俺に払わせるつもりじゃないだろうな。
しかし、俺の取り越し苦労はやはり取り越し苦労に終わる。
「ああ、俺が全員分、おごってやるよ」
意外や意外。涼宮家の人間がこんなにも太っ腹だったとは。ハルヒコは不敵な笑みと共にそう言ったのだった。
俺は言った。
「随分、懐の広いこったな?」
「まーな。実は先日、結構な収入があってよ。いやー、あれは儲かった儲かった」
得意げに語るハルヒコ。はて、こいつはバイトでもしているのだろうか。
俺の疑問が解決されないまま、ハルヒコは先陣を切って喫茶店に入っていった。
俺は既に不思議探索パトロールを何度も経験しており、要領も分かっている。爪楊枝でこしらえたクジを引いて、適当に分散し、昼飯までそこらへんをうろつく。昼に何かを食ったら午後からまたクジ引きで分かれ、そこらをうろついて夕暮れ時に集合し、そこで解散宣言。それが一連の流れである。
そのフローチャートに漏れることなく、まずはクジ引きで班分けをすることになった。で、班分けの結果は次の通り。
・アルファチーム「ハルヒコ、俺、一姫」
・ブラボーチーム「ハルヒ、長門、古泉」
・チャーリーチーム「キョン子、朝比奈さん」
「なんでまた、こんな軍隊式の名前がついてるんだ?」
「その方がかっこいいだろ?」
俺の質問に対し、ハルヒコがそう答える。そんな理由で妙なチーム名をつけるな。逆にかっこ悪いだろ、と言いたくもなったが、まぁ、そこは突っ込まないでおこう。
こうして、今日のパトロールは幕を開けたのであった。
涼宮ハルヒの兄貴なる涼宮ハルヒコと一緒のチームに組み込まれた俺は、はてさて、どんな無茶な突っ走り方をするこいつについていけばいいんだろうか、などと考えていたが、意外にもハルヒコは、ハルヒのように先へ先へと進んだりはせず、その足取りはゆっくりとしたものだった。
まあ、速く歩く必要がない、っていうのはありがたい。俺もそれに合わせて、ゆっくりとした歩調でハルヒコに続いた。
「ところで、キョン君。先日の調査の件ですが」
おい、一姫、なにも、ハルヒコがすぐ傍にいるときに話さんでも良いだろう、聞こえたらどうする、せめて声をもう少し絞れ、というようなことを視線に込めつつ、俺は一姫を睨むように見た。すると、一姫はふっ、と柔らかな笑みと共に「ああ、ご心配なさらず」と言った。
「涼宮くんは知っていますよ、ある程度」
その言葉の意味を俺が咀嚼するのに、少し時間を必要とした。
「し、知ってるって、おい! あいつはどこまで!」
「宇宙人、未来人、超能力者がすぐ傍にいるってことは最低でも知ってるさ」
俺の声がハルヒコの耳に入ってしまったのだろう、ハルヒコはそう言った。
いったい、なにがどうなってるんだ? 俺が混乱していると、ハルヒコは言う。
「もう一度、喫茶店に戻るか? そこでゆっくりと俺の話をしてやっから」
さっき出ていったばっかりの連中がまた戻ってきたのだから、喫茶店の店員も俺達三人を不思議そうな目で見ていた。が、ま、それはさておき。
改めて考えてみれば、涼宮ハルヒコは、ハルヒの兄貴で、SOS団の設立者で、ハルヒと似たような脳みそをしている、ということくらいしか、俺はハルヒコのことを知らなかった。これはひょっとして、ハルヒコのことを知るいい機会なのかもしれんし、場合によっては、この世界を元に戻すためのヒントになるかもしれん。俺はそう思うことにした。
「で、キョンよぉ。お前は俺の何が知りたいんだ?」
「お前が知っていること、全部だ。できればお前が、何者なのかも」
「俺が何者なのか、そいつはまた哲学的な質問だな。ま、いい。じゃあ、知っていることを片っぱしから話すとしようかね」
ハルヒコは、店員が持ってきたアイスコーヒーを口に含んでから、言葉を続ける。
「さっきも言ったけどな。ひとまず、長門が宇宙人、朝比奈ちゃんが未来人で、古泉のお二人さんが超能力者っていうことは知っている」
「いったい、いつからそのことに気付いていたんだ?」
俺が訊くと、ハルヒコは答えた。
「そもそも、長門や朝比奈ちゃん、一姫に初めて会った時、みんな俺に教えてくれたよ、自分が何者なのか、って。そりゃ、最初は信じられなかったけどな。でも、それぞれの不思議な力を俺に見せてくれたりして、俺も信じるようになったってとこ」
まあ、言ってみれば、俺と同じ境遇を経験して、そして信じるようになった、と。
俺はハルヒコに尋ねた。
「じゃあ、SOS団なんていうものを作る必要なんて、無かったんじゃないのか? だって、もうすでに自分の望んでいた存在に出会えたわけだろう?」
俺の言葉に対し、ハルヒコは嘲笑した。
「俺を、ハルヒと一緒にしてくれるな」
「え?」
「俺は何も、ハルヒみたいに、宇宙人や未来人、超能力者とかいった存在に出会いたかったわけでも、そいつらと一緒に遊びたかったわけでもない」
「じゃあ、なんで、SOS団なんて作ったんだ?」
「たった一度しかない高校生活。どうせなら、なんか面白いこと、楽しいこと、ぶっ飛んだことがしたかった。そのための組織として、俺はSOS団を作ったんだ」
「それじゃ、SOS団の活動理念に、不思議なもの探し、なんていうことは、元々は無かったってのか?」
俺が尋ねると、ハルヒコは「ああ」と肯定した。
「不思議探し、なんてことを活動理念に盛り込んだのは、ハルヒがそうして欲しい、って言ったからだ。まあ、断る理由なんて無かったし、可愛い妹の頼みとあらば、ってなことで追加してやった。そんなところ、かね」
「いつ頼まれたんだ、ハルヒに、それを?」
「えーっと……ゴールデンウィークが明けて、それから数日が過ぎた頃の昼休みに、いきなり電話を掛けてきた時、だったな、確か」
ハルヒコはそう言って、アイスコーヒーを飲み干した。
「次の質問をしていいか、ハルヒコ」
「なんだ?」
「あんたはハルヒに、トンデモパワーが備わってることを、知ってるのか?」
「知ってる。そしてそれが原因で俺が存在し、古泉が分裂し、キョン子が存在している、ってことも含めて」
「でもって、あんたにはハルヒのような特殊能力は無い、ってことで良いんだよな?」
「良いんじゃねぇか? 俺も、誰かに自慢できるような不思議な力は無いと思うぜ」
「それで、あんた、今、ハルヒの力が原因でここにあんたが存在している、っていうことを知ってるって言ったよな?」
俺が訊くと、ハルヒコは「ああ、言ったぜ」と答える。
「じゃあ、あんたは……平気なのか?」
俺の問いかけに、ハルヒコはきょとんとした顔になる。
「何がだ?」
「元々の、正しい世界にあんたという存在は無かった。世界があるべき世界に戻った時、あんたという存在は消えてしまうだろう。そんなことを知っていて、よく、平気でいられるな?」
俺の言葉に対し、ハルヒコは身を乗り出して「逆に訊くぜ、キョン」と言った。
「お前、今日、家に帰る途中にトラックにぶっ飛ばされて死ぬ可能性がゼロだって言い切ることができるか?」
「……いや」
「じゃあ、突然、死ぬかもしれないわけだ。お前、そんなことを逐一、気にしたり、ビビったりしてるのか?」
「……いや」
「それと同じようなもんだ」
俺は首を傾げた。ハルヒコは何が言いたいのだろう?
ハルヒコは続ける。
「つまり、だ。今この瞬間の次の瞬間に、何がどうなるか、なんてことは誰にも分からんし、おそらく、そんなことはハルヒにだって分からんだろうさ。自分の存在が次の瞬間に消えてしまうのだとしても、消えるまでは俺はこの世界に存在できる。存在していられるうちに、俺は自分にできること、そしてやりたいことを精一杯やっておく、っていうのが俺の持論でね」
ハルヒコはそこで言葉を切り、コップの底に残っていた氷を口の中に放り込んだ。
氷を噛み砕いてから、ハルヒコは言った。
「ま、言ってみりゃ、そのためのSOS団ってことだ。今、この瞬間を楽しむために、有意義な生活を送るために、後悔なんてしないために、俺はSOS団を作ったってこった」
「さっき、一度きりの高校生活を楽しむために、作ったって言わなかったか?」
俺が尋ねかけると、ハルヒコは笑って答えた。
「俺にとっちゃ、この瞬間を楽しむっていうのと、高校生活を楽しむっていうのは同意義なんだよ」
そんなこんなで、ハルヒコの爆弾発言にも等しい言葉の数々を聞いていると、あっという間に昼になった。バーガーショップで適当に昼飯を済ませた後、再び班分けが行われた。
午後の活動は、特に俺が特筆すべきことはない。ないが……ここで、まあ、俺のモノローグ――主にハルヒコに関する――をまとめておくことにしようかね。
ハルヒが世界を修正し、修正した世界に新しくSOS団を作るのが面倒だから、自分の代わりにハルヒコという兄貴を存在させ、そいつにSOS団を作らせる。それをハルヒは無意識にやっちまったってんだから、傍若無人な話である。ハタ迷惑にもほどがあるだろう、とも思うが、これはこれでハルヒらしいとも思う。
一方、ハルヒコは自分の存在理由が、ハルヒのそんなチャチな考えの産物によるものだということを知っている。知っていて、平然とハルヒの兄貴という役割を演じ続けている。ハルヒにとって用済みになるか、あるいは世界が元に戻ってしまえば、存在を否定されてしまうことになるだろう、ということも理解していながら。
正直、俺にはとてもではないが、耐えられない。俺にはハルヒコのマネは到底できそうにない。俺も、ハルヒの大概の思い付きに振り回されてきたし、大抵のことには笑って済ますことができるようになったとは思うが、それでもやはり、ハルヒコが演じているロールは、並大抵のものではないだろう。
しかし、ハルヒコは弱音一つ吐くことなく、毎日を淡々と、そして、精一杯に生きている。俺は、脱帽だった。
ハルヒコがSOS団を作ったのは、ハルヒという傍若無人娘にせめてもの対する抵抗だったのかもしれない。抵抗した結果、SOS団がハルヒの物になってしまう、というのは皮肉な話ではあるが。
なあ、ハルヒ。お前、できれば、もう少し、自分の兄貴を労わってやれ。それができないなら、俺は多分、お前をぶん殴るかもしれんぞ。