休みの日に朝九時集合だと、ふざけんな。
とか思いつつも、駅前に自転車で駆け付けてしまうあたし。我ながらなんだか情けない。
駅前にあたしが到着したのが九時五分前。しかし、その時には全員がもう雁首を揃えていた。
「おっそいわよ、キョン子!」
顔を合わすなりそう言われた。
「九時には間に合ってるでしょ!」
負けじとあたしも言い返してみる。効果があるとは思えなかったし、キョンが「諦めろ」とでも言いたげな目線をこちらに寄こしていた。
その後、ハルヒコの提案で喫茶店に入り――意外にも、その喫茶店はハルヒコのおごりだった――そして、クジ引きで三つの班に分かれる。分かれた三班で市内をうろつき、不思議なものをみつけたら携帯で連絡を取り合いつつ状況を継続する。のちに落ち合って、反省点と今後に向けての展望を語り合う、っていうのが今回の活動らしい。
クジを引いた結果、あたしは朝比奈さんと同じ班になった。
「今日は、よろしくお願いしますね」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
そんな感じで、あたしと朝比奈さんの市内探索は始まった。
マジ、遊びじゃないのよ! 遊んでたら殺すわよ! ってなことを喚き散らしていたハルヒは長門と古泉を従えて去っていった。キョンと一姫さんとハルヒコもあたし達とは違う方向に歩いていった。
「どうしましょう?」
朝比奈さんがあたしに尋ねてきた。女子同士とは言え、朝比奈さんは小柄なので、あたしを見上げる格好になる。
「うーん。まあ、ここに立っていてもしょうがないですし、どっかブラブラしてましょうか」
あたしが歩き始めると、朝比奈さんは「はい」と素直についてきた。
特にどこかに行くアテがあったわけでもなかったので、あたし達は近くの河川敷を意味も無く北上していた。
朝比奈さんって可愛らしいですよね、いえいえそんなことないですよあなたも可愛いですよ、えっそうですか、はいそうおもいます、またまたごじょうだんを、という何故か互いに相手を褒め殺しあっていると、ふと朝比奈さんは「キョン子ちゃん」とあたしの名を呼んだ。
ああ、あなたもその名であたしを呼ぶんですか、などと思ったのもつかの間。思い詰めたような表情をした朝比奈さんが「お話したいことがあります」と決然とした口調で言った。
なんか……長門の時と同じような雰囲気が、と思っていると、案の定、長門の時と同じだった。
朝比奈さんの話を要約すると、朝比奈みくるとは未来からやってきた未来人なのだそうな。でもってやってきた理由は涼宮ハルヒの監視、とのこと。
長門が宇宙人で、朝比奈さんが未来人。それを信じろって? 冗談じゃないわよ、まったく……って言いたかったんだけどね。朝比奈さんの顔は、えらくマジだった。
「信じる信じないは別として、全部保留でいいですか?」
と、あたしは朝比奈さんに訊いてみた。すると朝比奈さんは、大抵の男ならコロッと惚れさせてしまうであろう笑顔と共に「はい、それで良いです!」と言ってくださった。
なんだろう……。最近、自分の身の上を暴露することが流行ってるんだろうか。
その後、ハルヒに携帯で呼び出されたあたし達は駅前に一度集合し、お昼を食べてから、またパトロールに向かうこととなった。午後の組み合わせは次の通り。
・アルファチーム「ハルヒ、朝比奈さん、一姫さん」
・ブラボーチーム「あたし、長門」
・チャーリーチーム「ハルヒコ、キョン、古泉」
この組み合わせが気に入らないのか、自分の爪楊枝を親の仇敵のような目つきで眺めたハルヒはペリカンみたいな口をした。
なんか言いたいことでもあるのかな?
「四時に駅前で落ち合いましょ。今度こそ何か見つけてきてよね」
毎度のことではあるが、サラリと無茶なことを言うハルヒであった。
あたしは今、昼下がりの駅前で長門と二人、ぽつんと立っていた。
「どうする」
尋ねたところで、無口な長門から言葉が返ってくるはずもなく、あたしは「……ま、行こっか」と言って歩き出した。すると、長門はあたしの後ろをついてくる。
「ねえ、長門。この前の、話なんだけどね」
「なに」
「その……少しは信じても良いかも、って思えてきたわね」
「そう」
長門は二文字以上の言葉でリアクションができないのだろうか、とも思いつつ、あたしは長門と共に図書館へ向かうことにした。多分、本好きな長門のことだから、図書館に連れていけば喜んでくれそうな気がする。
案の定、図書館に到着した時の長門の目はどことなく輝いていた。長門は図書館の壁際の本棚の前で、ダンベルの代わりになりそうな分厚い本を読み始めた。ほんと、厚い本が好きよねぇ、長門も。
さて……あたしは、と言うと。適当に見つけたソファに腰を落ち着けるや否や、睡魔に襲われてしまった。ハルヒの持ってきたロクでもない衣装に着替えさせられたり、長門や朝比奈さんの話を聞いたりしたこともあり、なんだかんだで、あたしは疲れていたのである。そんな状況で、睡魔の波状攻撃に勝てるはずもなく、あたしはあっさりと負けてしまった。
突然、携帯が振動した。あたしは一瞬で目を覚まし、携帯のサブディスプレイを一瞥して、目を覚ましたことを若干後悔するも、目を覚ました以上、しょうがない。小走りで館外に出て、携帯を耳に当てる。
「今何時だと思ってんのよ、このタコ!」
耳をつんざくハルヒの金切り声に、あたしは「あ、ごめん。今、起きたとこ」と答えた。
「はぁ? このタコォ! タコス野郎!」
仮にも女に向かって、野郎呼ばわりとは……。時計を見ると、既に四時半になろうとしていた。そういえば、集合時間、四時だったかしら。
「今すぐに戻ってきなさい、三十秒以内に!」
無茶言わないでよ。
携帯を切って、あたしは長門を探した。幸いにして、長門はすぐに見つかった。最初の場所から一歩たりとも動いていなかった。
長門が図書カードで本を借りるのを待つのももどかしく、本を借りた長門の手を引っ張ってあたしは図書館を飛び出した。もちろん、その間にハルヒが黙っていようはずもなく、携帯は鳴りっぱなしだったけど、あたしはそれらを全て無視した。
相手をするだけ疲れるというものよ。
結局のところ、成果もへったくれもあるはずがなく、いたずらに時間を無駄にしただけでこの日の活動は終わった。
駅前で解散となり、一同は三々五々に散っていったのだが、ハルヒは帰ろうとせず、あたしに近づいてきた。
「あんた今日、いったいぜんたい何やってたの?」
呻くようにハルヒはそう言った。あたしはすっとぼけて「さあ。なにをしてたんだろ?」と答えた。
「ダメじゃない、そんなんじゃ!」
本気で怒っているようだった。
「そう言うハルヒはどうなのよ? 何か、面白いものでも見つかった?」
あたしが訊くと、ハルヒはうぐ、と言葉に詰まる。下唇を噛むハルヒはまるで、負けてる試合でやっと巡ってきたチャンスでゲッツー食らった四番打者のようであった。なんだか、相当、悔しそうに、そして悲しそうに見えたあたしは「ま、こんな日もあるわよ」とフォローをしておいた。
「うー……。とにかく! 明後日、学校で反省会やるから!」
それだけ言うと、ハルヒはきびすを返して人ごみに紛れていった。