涼宮ハルヒの修正

第八章 ‐ β

 この世界には宇宙人、未来人、超能力者がいるそうである。付け加えるなら、異世界人もいるらしい。
 それらを生み出したのは涼宮ハルヒであり、また、ハルヒの力によって、あたしはここに存在している。
 何ともバカバカしい話よね。でも、それは事実なのだろう。でも、事実は事実であり、それ以上でも以下でもない。事実を重く受け止めて悲観的になるか、軽く受け止めて楽観的になるかは、その人次第。なら、あたしは後者を選ぶことにした。ごちゃごちゃと思い悩むのは性に合わないし、ハルヒが原因であたしがここに生きているのだとしても、あたしの人生はあたしの物なのだ。そこは譲れないし、譲りたくない。たとえ、ハルヒであろうとも、邪魔も干渉もされたくはないし、させるつもりもない。
 ハルヒのとんでもない思い付きや、コスプレに付き合ってやるのは構わない。でも、あたしの人生まで、思い通りにできるとは、思わないことね、ハルヒ。あたしにはこれでも、自分の意志というものが、ちゃんとあるんだから。
「何よ、キョン子? あたしの顔に、何かついてる?」
 そんなことを考えつつ、ハルヒの顔を眺めていると、ハルヒに話しかけられた。あたしはハルヒに「なんもついてないわよ」と言葉を返しておいた。



 放課後になった。最後の授業が体育だったのだけど、着替えるのが面倒だったらしく、ハルヒは着替えることなく、体操服のままだった。体のラインもさることながら、ブルマの裾から伸びるハルヒの足が何とも眩かった。羨ましい限りである。
 そのことに嫉妬しつつも、あたしはハルヒを残して部室へと向かった。今週、ハルヒは掃除当番なので、遅れて部室にやってくるだろう。
 あたしが部室にやってくると、長門と朝比奈さんがいた。朝比奈さんはハルヒの注文を愚直にも守っているらしく、メイド姿だった。尤も、あたしはハルヒの言いつけを素直に聞くつもりなど微塵も無かったので、あたしのメイド服はハンガーラックに掛ったままだったけど。
 この前、アレを着せられた時、キョンは少しばかり嬉しそうだった。キョンの喜ぶ顔を見てると、不思議とあたしの心も落ち着くのだった。また気が向いたら、アレを着てみようかな……。
「あれ、そういえば、朝比奈さん?」
 あたしは朝比奈さんに話しかけた。「キョンはどうしたんですか?」
「キョン君ですか? 何か、大事な用事があるとかで、今日はここに顔を出さない、って言ってました」
「そう、ですか……」
 はて、大事な用事とは何だろう? ひょっとして、異世界人がコンタクトを図ったのだろうかと思って、あたしは窓の外を眺めた。
 外は梅雨時特有の曇天だった。



 ま、良いわ。異世界人からの連絡はいまだに無いけれど、そのうちあたしの前にひょっこり現れると言うのなら、気長に待つことにしようかしらね。あたしはそう思って、異世界人の到来を待っていたのだった。
 ところが、である。待つことに飽きているのか、ハルヒは待ってくれなかった。いったい、何が気に入らなかったのか。ワガママ女王のハルヒは再び、世界改変を行おうとしていたのである。
 そして、その世界改変に……何故か、あたしも巻き込まれてしまったのだった。



 いつもと変わらず、部活が終わり、いつもと変わらず、帰宅し、いつもと変わらず、お風呂に入り、いつもと変わらず、晩御飯を食べ、そして、いつもと同じように、あたしは寝たのだった。
 そしていつもと寸分たがわぬであろう朝を、あたしは待っていた。
 気持ちよく寝ていると、誰かがあたしの名を呼んだ。
「キョン子」
 あたしを呼び捨てにするのは一体、誰よ……。
「起きてよ、キョン子」
 どっかで聞いた声……母さんだろうか?
「起きなさい、キョン子!」
 この命令口調、まるで母親のような……いや、違う。これは母親じゃない。
「起きろっつってんでしょうが!」
 肩を揺すられて、あたしは目を覚ました。目の前にハルヒの端正な顔があった。
 上半身を起こす。すると、ハルヒの顔がひょいとあたしの頭を避けた。
「やっと起きたわね」
 あたしの横で、セーラー服姿のハルヒが白い顔に不安を滲ませていた。あたしも自分の体を見る。寝間着ではなく、あたしもセーラー服を身に着けていた。後頭部を触ってみると、ゴム紐によってポニテができていた。寝る前にはポニテを解いたはずなのに。
「ここ、どこなの?」
 ハルヒが尋ねてきた。あたしはその答えを分かっていたが、敢えて「……さあ」と言っておいた。
 ここが閉鎖空間であると、ハルヒに教えるわけにはいかなかったから。



 人気のない学校にハルヒと二人きり。なんでこいつとこんな場所に閉じ込められないといけないんだろう、と思いつつも、あたし達は部室へとやってきた。
 当然、と言うべきか、携帯電話は繋がらず、職員室の電話も通じなかった。学校の外に出ようにも、見えない壁に遮られており、どうやっても外の世界とコンタクトを取ることができなかった。そのことに関してハルヒは「気味が悪い」と、か細い声で評した。
 ここが閉鎖空間なら、古泉や一姫さんがいるのではないか。あたしはそう思って、ハルヒに訊いてみた。
「ねえ、ハルヒ。古泉とか、一姫さん、見なかった?」
 いつもならキョンが座っている団長の席に、ハルヒは座っていた。ハルヒはパソコンのスイッチに指を伸ばしたが、パソコンはウンともスンとも言わなかった。
「パソコンも使えないなんて……。ん? 古泉くんと古泉さん? いいえ、見てないわよ。でも、どうして?」
「いや……何となく、ね」
 あたしは自分で注いだお茶を啜った。いつもなら朝比奈さんが入れてくれるお茶も、自分で入れると味が変わるわね……と思って、そういえば、茶葉、変えてなかったっけ、ということに気がついた。そりゃ不味いわよ……。
 あたしは部屋を見渡してみた。あたしがハルヒに手を引かれて、初めてここにやって来た時と比べて、随分と物が増えていた。ハンガーラックにはメイド服とバニーの衣装が二着ずつ掛かっている。給湯ポットと急須、人数分の湯飲みは、まあ、納得できるとしても……一層しかない冷蔵庫、カセットコンロ、土鍋、ヤカン、数々の食器は何なのだろう、ここで暮らすつもりなのだろうか。この状況下では余り笑えないんだけど。
 ちなみに、ハルヒが先ほど触っていたパソコンは、ハルヒコが生徒会長権限で調達してきたものである。学校の予算を少しばかり拝借したのだろうか、と思ったら、あに図らんや、SOS団のお隣さんであるコンピュータ研究部から強奪してきたとのことである。しかし、ハルヒコは涼しい顔で「部費を削るぞ、って言ったら連中、協力的になってくれたぜ」と言っていた。生徒会長権限を葵の印籠だと勘違いしているのだろうか。
「ちょっと、探検してくる!」
 ハルヒの言葉に、あたしの回想は遮られた。思わず「あ、あたしも」と腰を浮かせかけたが、ハルヒは「あんたはここにいて。すぐ戻るから」と言った。
 あたしを残してハルヒは部室から出て行った。溌剌とした足音が遠ざかるのを聞きながら、一人で不味いお茶を飲んでいると、古泉が現れた。
「遅いわよ」
 小さな赤色の玉が、段々と大きくなり、最終的に古泉の形になった。しかし、形になっただけで、顔には目も鼻も口も無かった。
「やあ、キョン子さん」
 能天気な声が赤い光の中から聞こえる。
「それにしても、どしたの、それ? もう少しまともな姿で登場すると思ってたんだけど」
「それも込みで、あなたにお話しすることがあります。先に申しますが、これは異常事態です」
 赤い光が揺らめいた。
「どうやら、涼宮さんは現実世界に愛想を尽かしてしまったようなのですよ。だから涼宮さんは新しい世界を作ろうとしている」
「愛想を尽かしたって……。ハルヒは初恋がしたかったんでしょ? そして、異世界人を相手に初恋をしたんじゃないの?」
「そのことなんですが……我々の推理はどうやら間違っていたようなのです。涼宮さんが異世界人にそそのかされたのは事実ですが、根本的に、涼宮さんが世界を修正したのは初恋が理由ではなかったようなのです。尤も、本当の理由が何なのか、逆に分からなくなってしまいましたが」
 明るい口調で言われてもね……。古泉は言葉を続ける。
「ともかく、今となってはそのようなことより、この状況を何とかする方が先でしょう」
「そりゃ、まあね。で、古泉? ここにいるのはあたしとハルヒだけなの?」
「目に見える、という意味ではそうです」
「意味ありげな言い方ね……」
「この世界にはあなたと涼宮さん、そしてキョン君もいます」
「キョンが?」
「はい。この世界にキョン君がいるのは確かです。ただ、この世界のどこにいるのか、また、人間の姿をしているのかどうかは、分かりませんが」
 ……ということは、あたしとハルヒの二人きりということに変わりは無いじゃない。
「まあ、そうなりますね」
「ということはなに? あたしはこんな灰色の世界で、ハルヒと二人っきりで暮らさないといけないわけ?」
「産めや増やせば……と言いたいところですが、さすがに不可能でしょうね、あなたと涼宮さんでは」
 当り前よ!
「なら、キョン君を探せば良いんじゃないでしょうか? あなた方お二人のような美少女がイヴの役割を果たしてくださるのであれば、きっと彼も喜んでアダムの役を担ってくれることでしょう」
「殴るわよ」
「いえいえ、冗談で……す……」
 そこで、古泉の言葉が不自然に途切れた。物を言わぬ赤色の物体は、不気味だった。あたしは「古泉?」と名を呼んだ。
 しかし、古泉はあたしの言葉には答えずに、独り言を呟いた。
「……そうか……そういうことだったんですか。そういうことなら、あの未来人の伝言も頷ける……。確かにあなたは彼と彼女、双方に良く似て……。だからキョン子さんだけではなく、彼も必要だった……」
 そこで古泉は言葉を切った。あたしは「何が分かったの?」と尋ねた。
「……すみません、キョン子さん。僕の口からは、とてもではありませんが、真相をお伝えすることはできません。それに、この真相が正しいとも限りませんし、仮に正しいとすれば、これは未来人で言うところの禁則事項にあたります」
「ちょっと、勿体ぶらないでよ! これは、異常事態なんでしょ? なんとかしてよ!」
「残念ながら、僕にはどうしようもできません。この姿が何よりの証拠です」
 そう言って、古泉は肩をすくめた。
「僕ら、超能力者の力が急速に失われているんです。僕がここにこうしているのも、一姫姉さんや他の仲間からの力を借りて、やっとなものでして」
「それじゃ、あたし達はもうそっちに戻れないの?」
「涼宮さんが望めば、あるいは。ああ、そうそう。朝比奈さんと長門さんからそれぞれ、伝言を言付かっていました」
 古泉は元のピンポン玉に戻りつつあった。今にも消えそうな古泉が、まるで命の残り香を放つように言う。
「朝比奈さんからは謝っておいて欲しいと言われました。『ごめんなさい、何もできなくて』と。長門さんからは『パソコンの電源を入れるように』と。では」
 その言葉を最後に、古泉は闇に消えていった。
 古泉に言われた通り、あたしは団長の席に座り、パソコンのスイッチを押した。ハルヒが押しても何とも言わなかったのに、あたしが押したら素直にパソコンは動き始めた。どうやらこのパソコンはよほど、ハルヒのことが気に入らないらしい。
 見慣れたOSが立ち上がるものと思っていたのに、画面は黒いまま、白いカーソルが浮かび上がっただけだった。
 しばらくすると、その白いカーソルが滑らかに動いた。
 YUKI.N> みえてる?
 あたしはキーボードを叩く。
『ええ』
 YUKI.N> そっちの時空間とはまだ完全には連結を断たれていない。でも、時間の問題。そうなれば最後。
『どうすりゃいいのよ?』
 YUKI.N> 時間が無いので、簡単に説明する。あなたと涼宮ハルヒをこちら側に戻すには、あなたの協力が必要不可欠。
『何を協力すれば良いの?』
 YUKI.N> 涼宮ハルヒが何を望んでいるのか、あなたは分かっているはず。涼宮ハルヒの望みを叶えてあげれば良いだけ。
『そんなもの、分からないわよ』
 YUKI.N> 大丈夫。わたしを、そして自分を、信じて。
 ディスプレイが暗転しようとしていた。なす術もなく、あたしは長門の消えていく文字を見つめていた。
 YUKI.N> best friend
 それが、長門が打ち出した最後の文字だった。ベストフレンド? それは、長門があたしにくれたヒントなのだろうか?
「どうしろってのよ、古泉、長門」
 腹の底から込み上げてくる溜息を吐き、何気なく後ろを振り返ってみた。

 窓の外に、青い巨人が立っていた。

 中庭に直立し、二本の足で闊歩する、神人と呼ばれるそれは、間近で見ればほとんど壁だった。
 バタンと勢いよく扉が開く。部室に飛び込んできたハルヒはあたしの腕を掴み、言った。
「キョン子、何か出た!」
 興奮しているらしく、ハルヒは声も息も弾ませている。
「ねぇ、なにアレ? なんかの怪物かな?」
 先ほどまでの不安そうな様子が嘘のように、目を輝かせていた。
 窓の外で、巨人が身じろぎをした。高層ビルが崩壊する映像が脳裏にフラッシュバックしたあたしは、直感でハルヒの腕を掴み返し、走る。
「え、ちょっと、何?」
「良いから、走る! 質問は後っ!」
 そんな命令口調があたしの口から出てしまうとは、自分でも驚いていた。更に驚くべきは、それにハルヒが反論しなかったということ。いつもなら全く逆のシチュエーションだけど、構ってる暇などあるわけがない。次の瞬間には、あの巨人の一撃で全世界が味わったことのない大災害を身を持って体験するハメになりかねないのだから。
 あたしはハルヒと一緒に走りながら、校庭へとやってきた。自分の運動神経にそこまで自信があるわけではなかったけれど、意外にもハルヒの走りにあたしは負けていなかった。
 ハルヒが言った。
「あれさ、襲ってくると思う? あたしにはそうは思えないんだけど」
「知らないわよ!」
 さっきの古泉の言葉によると、ここはハルヒによって作り出された新しい世界らしい。いったいぜんたい、何が気に入らないってのよ、この女は。そんでもって、なんでまた、あたしがハルヒの傍にいるわけよ?
 初恋がしたいのなら、初恋の相手である異世界人を傍に置いておけばいいだろうし、不思議な存在を求めているなら宇宙人や未来人や超能力者を自分の側近にすれば良い。波長の合う人間が欲しければ、自分の兄貴を呼べばいいだろうし、新しい世界の住人を増やす気がハルヒにあるのなら、この世界のどっかでひっくり返っているキョンを捜し出して、それこそキョンにでも種馬をやってもらえば良い。ハルヒにとって、自分の横に立っていて欲しい役者は五万といるはずなのに……どうして、あたしなのよ? 何故、ハルヒはあたしを選んだのよ?
 あたしはこれでも自分を……自分のことをマトモなパンピーだと信じて疑わないのよ。ハルヒが望みそうな物をあたしは何一つとして持ち合わせていないし、ハルヒが何よりも嫌うであろう「普通」な存在の権化だという自覚と自信がある。谷口や国木田と、ドングリの背比べができるほどの普通――
「谷口っ?」
 あたしはそう叫び、走る足を止めた。あたしの後ろを走っていたハルヒがあたしの背中にぶつかった。
「わぷっ! もう、何なのよ、キョン子! 走ったり、止まったり……」
 ハルヒが何か言っている。しかし、そんなものはあたしの耳を素通りするばかりで、あたしは何か、何かとても大切なことを思い出せそうな気がした。
 谷口は……谷口は何と言っていた? 谷口は涼宮ハルヒのことを、何と言っていた?
『悪いことは言わん。やめとけ』
 違う! そうじゃない、その先の言葉……
『あいつの奇人ぶりは常軌を逸している』
 今となっては否定しない。その先よ!
『あの女と友達になれるのは、それこそ頭のねじが十本は抜けていて、さらにもう五本のねじが錆びついちまってるやつだけだろうよ』
 確かに、ハルヒは変人だ。そんなハルヒと友達になれる人間もまた変人だろうし、そんな変人がそれこそ都合よくゴロゴロと転がっているわけじゃない。すなわち……ハルヒには友達がいなかったということだ。
 あたしは気付いた。ハルヒの望みは、宇宙人でも、未来人でも、超能力者でも、異世界人でも、ましてや、初恋でもない。
 純粋に、ハルヒは寂しかったのだろう。確かに、長門や朝比奈さんや古泉に一姫さんといった面々はハルヒにとって友達だろうし、SOS団を構成する仲間たちだろう。しかし、彼らはあくまでも上辺だけの付き合いにすぎないことを、勘の良いハルヒは感じ取っていたに違いない。ハルヒには本当の意味での「友達」と呼べる存在がいないことに、大層、ガッカリしていたことだろう。
 キョンがハルヒに、初恋に関する話を振られた時、きっとハルヒは、自分には気軽に恋の話ができる相手がいないということに気付いてしまったのだ。だから、ハルヒは世界を修正した。初恋がしたかったのではなく、腹を割った話ができる友達が欲しかったがために。気軽に恋の話をしたり、自分のことを親身になって考えてくれたりしてくれる相手が。
 今なら、長門の最後の言葉、ベストフレンドの意味も分かる。要は、ハルヒは、親友が欲しかったのだ。
 そして、その親友のポジションに選ばれたのが他でもない、このあたしなのだろう。
 気付けば、なんということはない。それならば、ハルヒがあたしをこの世界に連れ込んだ理由も納得できる。自分の傍に置いておくなら、親友が良いに決まっている。おそらく、ハルヒが今回、この閉鎖空間を作ってしまったのは、あたしがハルヒの思い描いていた親友像とかけ離れていたため、気を悪くしてしまった、ということだろう。
 あたしは、既に何度吐いたか分からない溜息をまた吐いた。ほんっとに、世話の焼ける女よね、ハルヒも……。もっと言うなら、馬鹿な女。
 あたしの、ハルヒに対する気持ちなんて、もう決まっているというのに。
「ハルヒ」
 あたしは彼女の名を呼び、振り向いた。ハルヒの瞳が、あたしを見つめ返した。
「いい、ハルヒ? 一回しか言わないから、よーく聞きなさいよ?」
「な、何よ、キョン子のクセに?」
 一言多いわよ、と思いつつも、あたしはそれを受け流す。あたしはハルヒの肩に手を乗せた。
「あたしにとって、ハルヒは最高の最強の唯一無二の親友なんだからねっ!」
 そう叫び、あたしはハルヒの体を抱きしめた。ハルヒの耳元であたしは言葉を続ける。
「ハルヒも、あたしのこと……そう、思ってるんでしょ?」
 しばらく、ハルヒは黙っていた。やがてハルヒは口を開く。
「……ホントに? あんた、あたしの親友なの?」
「もちろん」
「……あたしのする事、嫌じゃないの?」
「親友なんだから、多少は目を瞑るわよ」
「……あたしの命令、聞く?」
「命令なら聞かない。でも、ハルヒの頼み事なら、いくらでも聞いてあげる」
「……ホントに?」
「ホントよ。でも、親友なんだから、あたしの頼みも少しは聞きなさいよ、ハルヒ?」
「……ホント……に?」
 段々、ハルヒの声が聞き取りにくくなってきた。あたしの頬を何か雫が伝っていくのを感じ、ああ、ハルヒは泣いているんだ、と思った。
 涙声になりながらも、ハルヒは言葉を続けた。
「あたし……あたし、本当は、ずっとずっと……寂しかった……」
「うん……」
「何をしても、何をやっても、面白いことなんて起らなかった……。誰もがあたしを変人扱いするし……誰もが作り笑いをして、あたしから遠ざかって……」
「うん……」
「宇宙人や未来人や異世界人や超能力者が現れれば、少しは何かが変わると思った。あたしの……寂しさも、紛れると思った……。でも、そんな普通じゃない人間なんて、いくら待っても現れないし……誰も上辺だけの付き合いしかしてくれないし……寂しくって……ううぅ……」
 堰を切ったように、そこからのハルヒは大声で泣き始めた。大粒の涙を零すハルヒの頭を、あたしは優しく撫でてやった。
「大丈夫よ、ハルヒ。あたしが傍にいるから」
 そう言った刹那、ハルヒが光り輝いた。眩いフラッシュに、あたしは思わず目を閉じてしまい、次の瞬間には足場が消えてしまった。ふわり、と浮いた体を支えるものなどなく、ハルヒはどこへ、と思ったのもつかの間、あたしの体はどこかへと落下していき、そのうち、あたしの意識もブラックアウトしてしまった。