涼宮ハルヒの追付

第六章

 修学旅行から戻ってきて、数日が過ぎた頃に、俺は生徒会長に立候補した。
 多分、俺が会長になろうなんて言い出すとは、誰も予想してなかったのだろう。谷口は「お前が会長になるだぁ?」と驚きを隠そうともしなかったし、国木田までもが「意外だなぁ……」と頓狂な声を出していた。
 もともと、立候補したがっていたやつなど皆無だったのだから、立候補してしまえば、後はトントン拍子に話が進み、自分でも拍子抜けするくらい、俺はあっさりと生徒会長になってしまった。古泉達や長門に、裏工作をお願いしようかな、とちらとは考えたのだったが、結局のところはそんなチートプレーを使ったりする必要もなかったわけである。
 これは、ひょっとすると、俺のために用意されていた運命だったのかもな、とかなんとか、意味もなく神秘的なことを考えてみたりもしてた頃に、二学期そのものが終了し、俺たちは冬季の長期休暇へと突入した。
 そんな時だった。俺が、海音寺から呼び出しを食らったのは。



 いつぞやを彷彿とさせるように、俺の下駄箱に、手紙が入っていた。中を確認すると、
「今日の放課後、公園にて待つ。 異世界人」
 とあった。紛れもなく、海音寺からの手紙であるわけだが、こんな凝った真似をせずとも、直接言うなり、メールを送るなり、すれば良いだろうに。
 まあ、わざわざ、こんな面倒なやり方で俺を呼び出そうとしたのだ。これは、普通の話ではないな、と俺は思いながら、変わり者のメッカとして、一部の人間たちの間で有名な公園へと、俺は向かった。
 時期的に、そろそろ冬至が近づいてきている。日が暮れるのも日に日に早くなってきたし、日増しに寒くなってきている。こんな日は、下手に外をうろつかないで、家に帰って、風呂に入って、さっさと寝るに限る、と俺は思うのだが、俺の考えは間違っているだろうか?
 俺は公園の中に入った。周囲を見渡してみると、ベンチに海音寺が座っていた。俺は海音寺に近づき、海音寺の隣に座った。
「よう、冷えるな」
 そう言って、海音寺は俺に缶コーヒーを手渡してきた。
「わざわざ、悪かったな、こんな寒い場所に呼び出したりして」
 そのコーヒーは俺のおごりだ、と海音寺は言った。随分、気前が良いんだな?
 俺はプルタブを引っ張り、コーヒーを一口飲んだ。暖かい液体が喉を通り、俺は一息をついた。
 俺は海音寺に訊いた。
「俺をこんなところに呼び出した理由を聞こうか?」
「……なんだと思う?」
「さあてね。愛の告白ではないことを祈る」
「心配するな。どっちかっつーと、俺はキョン子の方が好みだ」
「そうかい……で? 何の用事だ? キョン子の魅力について、こんこんと俺に語って聞かせるために、俺を呼び出したわけじゃないだろ?」
「別に、俺はそれでも構わんけどな。お前とじっくりこってり、キョン子について語り合うのも面白い気もするし……と言いたいところだが、どうせなら、そういう話は、コタツに足を突っ込んでやりたいよな、まあ、確かに」
 海音寺はそこで言葉を切り、コーヒーを口に含んだ。
 海音寺は言う。
「今回の一連の事件、っつーか、まあ、涼宮の世界修正に対する反動、が正しい表現だろうけど、ま、要は、お前はもう、今回のカラクリを知っているわけだよな」
「ああ」
「つまり、元々はいなかった存在である人間達、つまり、ハルヒコや、俺や、一姫や、キョン子だな。そいつらは、いずれは消えるってことを、お前はもう、知ってるよな?」
「ああ」
「だから俺は……お前に、お別れを言いに来たんだよ」
「……そうか」
 俺がそう言うと、海音寺は「驚かないんだな?」と訊いてきた。
 俺は答える。
「ある程度、覚悟はしていたさ」
「そうかい。もうちっとばかし、寂しそうな顔をしてくれると、期待してたんだがなぁ……」
 ちょっと、残念だ、と言って海音寺は立ち上がった。
「なあ、キョン」
「ん?」
「短い間だったけどよ……お前達、SOS団のメンツと一緒に過ごすことができて、俺は楽しかった。俺を、SOS団に招いてくれて、ありがとうな」
「こっちこそ、礼を言わせろ。俺も、楽しかったぜ。だから……その……」
「あん?」
「お前に、一度、屋上に呼び出された時があったろ? ほら、お前が、自分自身が異世界人だ、って言った時だ」
「ああ……それが、どうかしたか?」
「あん時さ……俺、お前に結構、ひどいことを言ったような気がするんだが……」
「気にするな。俺だって、涼宮の弱みに付け込んだことは反省しているさ。それに……俺の寂しさを、お前はなんだかんだ言いつつも、理解してくれた。そして、そんな俺を、お前は最後には、SOS団に招いてくれた。それで、俺は十分だよ」
 海音寺は首をこちらに向けて、にっ、と笑った。
「仲間と笑いあえるってのは、何にも代えがたい幸せなんだって、俺は気付いたんだ。だから……俺は元の世界に戻ったら、少しは友達作りを頑張ってみるよ」
「そうか……頑張れよ。心の片隅で、応援してやるからさ」
「どうせなら、全力で応援しろい」
 そんな軽口を言いつつ、海音寺は歩み始めた。
「じゃあな、キョン。俺、そろそろ行くわ」
「ああ、元気でな」
「お前もな」
 最後に、俺に笑顔を寄こした海音寺は、それっきり、俺の方を振り返ることなく、公園から去っていった。
 ハルヒコに続いて、これで二人目。また一つ、寂しくなったな……と思った俺は、堪えていた溜息を吐いた。
 口から洩れた息が、妙に白かった。