West area

白百合の癌 ‐ Scene 2

 ジャジメント4の報告に肌を粟立たせたのは一機も同じだった。
 一機は言った。
「こちら、レールガン1。ジャジメント4、それは間違いないのか?」
『間違いない、レールガン1。ヤツは正門から、学内へと移動中』
 ジャジメント4に続き、赤羽の声が聞こえる。
『以後、西園寺厳蔵はボギー1と呼称する。ジャジメント隊、ボギー1の他には? 護衛の連中とか、いる?』
『こちら、ジャジメント3。黒い車から、ボギー1の他に、護衛と思しき男が多数。そのうち、半数がボギー1と共に、学内へと移動している』
『残りの半分は?』
 赤羽の問いに、ジャジメント3は『校門付近に立ち止まっているが……って、おい、マジかよ』
「どうしたんだ?」
 一機は訊いた。すると、ジャジメント3は言った。
『連中、散開した。おそらく、学園の周辺をパトロールするつもりらしい』
 それはまずいことになったな、と一機は思った。曲がりなりにも、拠点都市の市長を護衛している連中なのだ。拳銃程度の武装はしているだろうし、その銃にしても扱いに慣れていると思った方が良い。一方、数少ない武器しか手元に無かったレッドフェザーは、ほとんどの武器がブレイカー隊に集中していた。つまり、学園の外周警戒を担当しているジャジメント隊は非武装と言って良い。
 戦闘行動は起こさないようにするべきなのは勿論だが、起こすつもりがなくても不意に起こってしまうこともある。そうなれば、丸腰のジャジメント隊に勝ち目はない。
 ゲリラだと看破されない限りは、向こうの護衛の連中も、ジャジメント隊に襲いかかったりはしないだろうが……それでも、護衛の連中が学園の外周をうろつけば、ジャジメント隊と持ち場が被ってしまう。偶発的な戦闘が起こる確率が跳ね上がるのは間違いないだろうな、と判断した一機は「インデックス・リーダー」と赤羽のコールサインを無線機に吹き込む。
「こうなった以上、仕方ない。ジャジメント隊をトラックに戻すしかない」
『その意見に反論するつもりはないけれど……これじゃ、何のための外周警戒だったのか、分からないわね。ま、愚痴っても仕方ないし、ジャジメント隊、一度、トラックに帰投して』
『ジャジメント1、了解。ジャジメント隊、これより最寄りのトラックに戻る』
 ジャジメント1の生硬い声を聞いた一機は、織宮麗を捜す作業に戻ろうとした。しかし、赤羽はまだ一機に話があったらしく『レールガン1』という声が聞こえた。
「なんだ?」
『……ボギー1、西園寺厳蔵だけど、いくらなんでも、タイミングが良すぎると思わない? アタシ達の作戦行動が漏れていた可能性って、あるかしら?』
『それは無いな』
 交信に割って入ってきたのは、インデックス2ことガルマンだった。
『我々をおびき寄せるのが目的なら、もう少し人気のない場所を厳蔵は選ぶだろう。こんな、イベント真っ最中で、なおかつ人の出入りが激しい場所で我々を取り押さえるメリットなど向こうには無い』
『じゃ、ただ単に、白百合学園の学園祭に遊びにきただけってこと? 随分と、のんきな市長だこと……間延びしすぎて、あくびが出てくるわね』
 そう言う割には、赤羽の声は苦々しいものだった。おそらく、思わぬ横槍に頭を悩ませているのだろう。
「どうする、インデックス・リーダー? お前の最終目標は、ボギー1の殺害だろう? 難しいことは考えずに、ここで殺すのも手では?」
 わざわざ織宮麗を拉致し、武器と弾薬のありかを吐かせ、レッドフェザーの武装を整えた上で、軍の精鋭を手玉に取り、西園寺厳蔵を真っ向から殺害する、などという面倒な真似を取らずとも、わざわざ敵将の方からのこのことやって来てくれたのだから、ここで手を打ったほうが手っ取り早いのでは? そう思った一機は、赤羽に提案した。
 しかし、その提案を赤羽は否定した。
『……ダメよ、レールガン1。これが、ボギー1の仕組んだ罠である可能性もある。その提案に乗りたいのは山々だけど、装備が万全ではない以上、罠に引っかかれば、こちらに明日はないわ。今は、目の前にある為すべきことに集中して』
「了解した」
 そう言って、一機は赤羽との通信を終えた。



 家庭科部・剣道部の共同による喫茶店は、開店と同時に行列ができるほどの賑わいを見せていた。悠里の作ったお菓子の評判が良いこともあったのだろうが、ウェイトレスの質が良かったことが第一の原因であろうことは、客層の大半が男であることから察することができた。悠奈の目論見が的中していることに、感心と、若干の反感を覚えた潤は、妙に板に付きつつある所作で客の注文を聞いていた。
「コーヒーが、お二つですね? かしこまりました。注文は以上でよろしいですか?」
 尋ねると「はい」というにこやかな笑顔を“男”から返された。
 どうやら、潤のことを女の子だと勘違いしているらしい。不服ではあったが、その幻想は壊さないであげたほうが、彼らにとっては幸せなのかもしれない、と思った潤は敢えて気にしないことにした。
「神坂くん」
 名を呼ばれ、潤は振り返る。側頭部に装着してあるエクステが、首の動きに合わせて揺れた。
「なに? 永久さん」
「調理場のカセットコンロのガスが切れちゃったんだって。倉庫に行けば、追加の缶がもらえるらしいんだけど、運ぶの手伝ってくれない?」
「うん、良いよ」
 応諾した潤は、永久と共に教室の出口へと向かおうとした。その時「ちょっと、潤!」という悠奈の声がした。
「倉庫の周辺は、人が少ないのよ?」
「へ? それがどうかしたの、悠奈?」
「あんた、人がいないからって、か弱い永遠ちゃんを襲ったりしたら、殺すわよ?」
「しないよ、そんなこと……」
 いきなり何を言い出すのやら、と思った潤は悠奈に「じゃ、行ってくるよ」とだけ言って、教室から出た。



『レールガン2。こちらでは、目標を発見できない』
『レールガン3。こちらも2に同じ』
『レールガン8。こっちもダメだ』
『ちくしょう、どこにいやがるんだよ、ターゲットは……』
 レールガン隊の隊員からの報告、というよりは愚痴を聞き流しつつ、隊長の一機も捜索を続ける。
 おかしい……。これだけ捜して見つからないということは、麗は学校に来ていないのだろうか? いや、学園祭なのだから、来ていないはずはないのだが……。そんなことを考えつつ、一機は人影の絶えた廊下を歩く。
 廊下の先は行き止まりになっており、右側には窓が、左側には部屋があった。その部屋はどうやら、倉庫のようであった。
 誰もいないだろうが、念のため、倉庫の中を確認しておくことにした。一機は倉庫の入り口に近づき、扉を開ける。中の様子を窺ったところ、やはり中には誰もいなかった。ということは、麗もここにはいない。
 やれやれ、他を捜すか、と思った瞬間、

「動かないでくれよ、東条先生」

 という声と共に、一機は首筋に何かを押し当てられた。
 その時になって初めて、一機は背後に誰かがいたことに気付く。今の今まで、気配を感じ取ることができなかった自分を悔やみつつも、今後の対策を練るために頭を回転させた。
 首筋に当たっているのは、拳銃か何かだと考えるのが妥当だろう。これほどの至近距離では、反撃したくても、身動きすらできない。
 さて、どうしたものか、と思った一機に、背後の男は言う。
「ただの射撃科教員補佐じゃないね、その様子じゃ」
 一機の心臓が跳ね上がった。後ろに立っているのは、一機が白百合学園に潜入していた時のことを知っているらしい。ということは、まさか――
「その声、まさか、風原先生ですか?」
 一機は訊いた。すると、背後の男は「やっと気付いたか」と答えた。
「ま、気付いたところで、もう遅い。東条、お前がゲリラグループの構成員だということは掴んでいるんだ。お前達がここに来たのも、二月祭見物にやって来た、西園寺市長が目当てなんだろう?」
 信じて疑わない人間の口調だった。実際の所は違うのだが、否定したところで事態が好転するとも思えない。よって一機は、その問いには答えなかった。
「あれ? 風原先生、何やってるんですか?」
 場違いな、間の抜けた声が聞こえた。降って湧いた声に気を取られたらしい風原は、こちらへの注意が一瞬、それる。それを見逃さなかった一機は素早く振り返り、風原の手首を掴む。そのまま、風原と体を入れ替えるようにして、風原の右手を捻り上げようとした。
 刹那、
「うぐっ?」
 バチン、という何かが弾ける音が響いたかと思った時には、一機の手は痺れていた。
 何が起こった? という疑念が頭をもたげたが、動きを止めていられる状況ではなかった。拳を目一杯広げて、風原は掌をまっすぐに突き出してくる。それをすんでのところでかわし、一機はカウンターの肘打ちを風原の腹にめり込ませた。同時に、残っていた方の拳で風原の顎にアッパーカットを見舞う。
 脳を揺さぶられたようで、一瞬、意識が飛んだらしい風原は片膝をついた。その隙に、一機は懐からグロックを取り出し、風原の頭に狙いを定める。
 風原の方に注意を払いつつも、一機は先程の、場違いな声の主に視線を向ける。すると、あんぐりと口を開けたままの神坂潤と桜ノ宮永久の二人が立っていた。
「あ、あの……東条、先生? いったい、何してるんですか?」
 状況を理解できていない潤は、震える声でそう言った。学園祭だからか、潤も永久も、今はウェイトレスの衣装を着込んでおり、潤に至っては、エクステまでつけている。素性を知らなければ、女の子だと言われて、納得できそうな姿だな、と一機は思った。
「離れてるんだ、お前達!」
 不意に風原が潤と永久にそう叫ぶ。そして風原は、目にも止まらぬ速さで右手を横に振った。再度、何かが弾ける音が響き、一機の腹がビリリと痺れた。
 風原の謎の攻撃に、一機は面食らう。そのため、照準を定めていたのに、グロックの銃口が風原から逸れた。
 風原は素早く立ち上がると、掌底で一機の顎を突き上げようとした。
 一機は地面を蹴り、後ろへと跳ぶ。
 先程まで一機の頭部が存在した空間を、風原の右手が通過する。
 一機の目と鼻の先で、風原の右手から、またもや何かが弾け飛ぶ。まるで、スタンガンのように。
(くそっ、なんだこの男は? 生身の体から、静電気を発生させるなんて、聞いたこともない!)
 内心で悪態を吐きつつ、バックステップで風原との距離を取る。確かに、聞いたことのない話ではあったが、仮に風原の右手がスタンガンのようなものだとすれば、至近距離でなければ、効果を発揮できないはず。
 離れていれば、なんとかなる。そう考えた一機は、なるべく風原との間隔を開ける。
 しかし、風原は追ってこなかった。その代わりに、風原は左手で持っていた拳銃で一機を狙う。しかし、銃口の角度がおかしい。風原はこちらの体に銃口を向けるのではなく、一機の足下に狙いを定めていた。
 風原は引き金を引く。
 火薬が炸裂して鉛玉が飛び出すのかと思っていた一機だったが、そうではなかった。風原が持つ拳銃から迸ったのは、何の変哲もない水だった。
 その水が一機の足下に飛び散った。風原は再度、トリガーを引き、今度は自分の足下を湿らせる。
(いったい何を……?)
 一機は訝しむ。ところが、風原は右手を振りかざしつつ、口の端を歪めていた。その姿を見た一機は、はっと気付くが、遅かった。
 風原は濡れた地面に右手を叩きつけた。その瞬間、水を――正しく言えば、水分中のイオンを――媒体として、風原の右手から飛び出てきた電撃が、足下から一機に襲いかかった。
(な、にぃっ……?)
 驚愕と、電気による衝撃で、一機は目を見開いた。まさか、単なる水鉄砲が、これほどの凶器と化すとは思いもしなかった一機に、風原は怒鳴る。
「卑劣なスパイめ! 投降しろ!」
「なに、を……っ!」
 しかし、このままやられっぱなしにされているわけにもいかず、一機は震える手でグロックの照準を定める。
「させるか!」
 そう言って、風原は一機との間合いを一気に詰めてくる。その瞬間、電撃による束縛から解放されたが、一機には風原の突出をかわす余裕などなかった。
 帯電した風原の右手が、一機の右手首を掴む。右腕に襲いかかった衝撃に、一機は歯を食いしばる。
 その時、右手の人差し指に引っかかっていた引き金を、一機は思わず握りしめてしまった。
 銃口が横を向いていたため、銃弾は誰にも当たることなく、倉庫の窓を突き破った。ガラスの割れる甲高い音が響く。
 しかし、それはあくまでも“誰にも”当たらなかっただけであり……
 刹那、轟音が響き渡り、爆風が吹き荒れた。



 東条のピストルから飛び出した銃弾は倉庫へと突っ込んだ。そしてそれは不幸にも、倉庫に置いてあったガスの詰まったスプレー缶を直撃してしまっていた。
 スプレー缶を銃弾が貫通したことで中のガスが外へと漏れる。そして銃弾が缶に激突した瞬間、そこから火花が散っており、その火花がガスへと引火する。あとは発火の連鎖による爆発であり、暴力的な勢いを得たスプレー缶の破片が四方八方に飛び散った。
 不幸中の幸いだったのは、スプレー缶がそれほど大きなものではなかったこともあり、倉庫の壁の窓ガラスを破壊したこと、轟音が響いたこと以外には、特に人的な被害が無かったことである。
 だが東条と風原には、不幸中の幸い、という言葉は当てはまらなかった。東条の体は爆風で地面へと引き倒されていたし、風原にはガラスの破片が殺到していた。
 また、少し離れた場所に潤と永久はいたのだが、咄嗟の判断で、潤は永久を押し倒し、その上に覆い被さった。その後、潤の背中にガラスの雨が降り注ぐ。
 状況について行けず、目を白黒させるより他はなかった永久だったが、それは潤にしても同じだった。
 何故、こんな廊下の真ん中で拳銃を振り回して、東条と風原が戦っているのか。口論が発展して喧嘩になった、というレベルではないことくらいは潤にも予想できたが、予想できたのはそこまでだった。
 このまま、ここで呆然としていても、東条と風原は争い続けるだけであり、その争いによる火の粉がこちらへと降りかかるだけである。これは、下手に介入するよりは、この状況を沈静化することができる誰かを呼びに行くべきだろう。そう考えた潤は、体を起こしながら、永久の体も立たせた。
 そのまま永久の手を取り、潤は地面を蹴る。
「ちょ、ちょっと神坂くん?」
 事態の成り行きに対し、消化不良を起こしているらしい永久に、潤は「いいから、走って!」とだけ返す。
 潤は永久の手を引き、ひたすらに走った。



 校舎二階の一角から爆音が響き、ガラスの破片が宙に舞った時、西園寺厳蔵は校庭にいた。音に釣られ、そちらを見やると、部屋からは煙が上がっていた。
「なんだ、今の音は?」
 思わず、厳蔵は呟いた。
 すると、傍らにいた私設のボディガードの男が「爆発、のようでしたが」と答えた。
「出し物の一種……にしては、どこかおかしいですね。爆発の規模が大きすぎる」
 ボディガードの言葉に、厳蔵は「だな」と答える。
「お前達、少し様子を見てこい」
 厳蔵は自分の周囲にいたボディガード達に告げる。市長の警備をするのが彼らの仕事であり、市長の周囲から彼らが離れれば、ボディガードとしての役目を果たせなくなる。案の定、彼らは厳蔵の言葉に良い顔をせず「しかし……」と反論しようとしてきた。
 それを封じるように、厳蔵は言う。
「ワシなら大丈夫だ。だから、行ってこい」
「……わかりました」
 渋々、といった様子でボディーガードの班長は、現状の班を二つに分ける。片方の班を厳蔵の警備のために残し、もう片方を校舎の中へと向かわせた。



『爆発音が聞こえたが、何かあったのか?』
『その前に発砲音も聞こえたぞ? 銃を使いやがった馬鹿は誰だ?』
『ところで、さっきから隊長の声が聞こえないんだが……』
『インデックス・リーダー。レールガン1の状況を知らせてくれ』
 レールガン隊の班員の声が無線機を飛び交っている。隊長の一機からの交信は途絶えており、何かが起こったことを赤羽に知らせていたが、その“何か”が具体的に何であるのかが分からなかった。
『こちら、ブレイカー6。どうなってる? 校舎の二階で何かが爆発したぞ?』
 校庭で待機しているブレイカー隊は、校舎の中にいるレールガン隊よりも、少しは状況を把握しているらしい。しかし、中で何が起こっているのかまでは、外にいるブレイカー隊には分かるまい。
 赤羽は言った。
「レールガン隊、ターゲットの捜索を一時中止。至急、校舎の二階に向かってちょうだい。詳細な状況の把握を急いで!」
『こちらレールガン2。了解……と言いたいところだが、うちらの隊長、どうなってんだ?』
「アタシにも分からないわよ。多分、さっきの爆発と何らかの関係があるはず。レールガン1と交信が取れない以上、レールガン2。あなたに、レールガン隊の指揮を任せるわ」
『レールガン2、了解。しっかし……俺が、レッドフェザー随一の実戦隊員の代理をしろってか……』
 重荷だな、と言わんばかりの声を発したレールガン2には言葉を返さず、赤羽は頭の中の整理に努めた。
 そう、東条一機はレッドフェザー随一の実戦隊員であり、レッドフェザーにおける戦力の中枢である。その一機が、交信不能に陥ったというこの状況は、お世辞にも芳しいとは言えなかった。
 浮き足立っているのは、レールガン隊だけではない。一機に全幅の信頼を置いていたのは赤羽も同様であり、誰よりも浮き足立っているのは、赤羽なのかもしれなかった。
 全軍を統率する者として、こんな調子ではいけないな、と赤羽は思う。一つ、深呼吸し、気持ちを落ち着けた時だった。無線機から、別の男の声が聞こえた。
『あー、こちら、ブレイカー2。リーダー、聞こえてっか?』
 ブレイカー2――霧島栄斗(きりしま えいと)だった。栄斗は、レッドフェザーでは、一機に次ぐ戦闘員だったが、状況に応じて引き際では引くことができる一機とは違い、好戦的な一面のある栄斗は、何事も殴って解決する気質の持ち主だった。
「こちら、インデックス・リーダー。なによ?」
 戦闘狂と形容するにふさわしい、荒々しい男は、この時も荒々しい提案を打ち出してきた。
『ボギー1だっけか? とにかく、市長周辺の警備が手薄になってるぞ? 余計なことを考えず、殺しにかかった方が、早ェえんじゃねぇの?』
「今は待ちなさい、ブレイカー2。状況の把握と、ターゲットの捜索、それとレールガン1の安否の確認を――」
『ばっかじゃねーの?』
 バッサリと、赤羽の言葉を栄斗は切り捨てた。
『んな悠長なことやってたら、あちらさんも状況を把握しちまうっつの。どだい、あんな爆発があった時点で、穏便な手段に頼れる時期はとっくに過ぎてんだよ』
「だからって、勝ち目のない戦いを挑むことが賢明だとでも言うつもり?」
 相手はあの、冷酷な西園寺厳蔵だ。引き連れているボディガードの連中が腕っこきなら、厳蔵のバックに控えているのは、軍の精鋭部隊と特殊部隊だ。そんな、まっとうなやり方をしていては勝てない化け物を敵に回して、こちらに勝ち目があるわけがない。
 至極、当然なことを言おうとした矢先だった。それすらも鼻で笑い飛ばす勢いで、栄斗は言葉を返してきた。
 ただ一言、

『何か、問題でも?』

 とだけ。
 自分が誰を敵に回そうとしているのか、栄斗だって理解しているはずだった。しかし、それを理解した上で、栄斗は事も無げに言ってのけたのだ。常日頃から、栄斗のことを一風変わったやつだとは思っていた赤羽だったが、まさか栄斗がこれほど、ぶっ飛んだ神経をしていたとは。
 戦うことに関しては、人一倍、栄斗は自信を持っている。その実力は認めるし、戦闘に関しては、一機を凌ぐ場合すらある。だが、それでもやはり、喧嘩を売る相手が悪すぎる。
 赤羽は栄斗を止めようとした。しかし、それすらもかなわず、
『じゃ、ちょっくら、殺してくる』
 と言い残した後、栄斗との交信は途絶えた。
 もはや、レッドフェザーを制御できなくなりつつある。このままでは、作戦の失敗どころか、余計なことまで起こりそうな気がした赤羽であった。