West area

遭遇と共闘 ‐ Scnen 2

 普段、レッドフェザーが本拠地として使用しているビルには、地下があった。
 お世辞にも広いとは言えない敷地面積に、駐車スペースを確保しようと思えば、地下を活用するしかない。
 そしてその地下駐車場には、銀むくのコンテナを晒しっぱなしにしているトラックが二台、駐車してあった。
 そのトラックの傍に立っていた東条一機は、並んで立っている赤羽真澄に話を振った。
「……隠密行動をしたいからこそ、派手に着飾る、か」
「そう。実際、役に立ったでしょ?」
 得意げに語る赤羽だったが、それを否定する気にはなれなかった。
 予想の範疇を超えた出来事が発生したにもかかわらず、レッドフェザーの実働部隊から欠員を出すことなく、全員が西地区のアジトへと戻ってこられたのは、赤羽が事前にトラックを一工夫していたことに、何よりの原因があったと言える。
 当初、コンテナの荷台には、美少女の絵が描かれていた。その絵を数十秒で消し去り、どこぞの運送会社のロゴプリントに置き換えてしまえば、テロリストが使用していたと思しき不審車両二台は、運搬業務に従事する作業員を乗せたトラックへと変貌を遂げる。
 あの混乱の最中、見た目をこれほどまでに変化させてしまえば、白百合学園をこっそりと抜けだし、そして西地区へと潜り込むのは、そう難しいことではなかった。幹線道路のど真ん中で検問が行なわれたらしいが、そんなものはレッドフェザーが姿を消した後のことであったため、こちらには無関係な話であった。
 しかし……欠員を出すことなく、作戦を終了させたことを喜んでばかりもいられない。本来の目的は、織宮麗を拉致監禁し、彼女が抱えているであろう武器を奪い取ることにあった。結果として、何も得ることができていない以上、悩みの種が無くなったわけではなかった。
「で、赤羽。あれから、変化はあったのか?」
「ガルマンからの報告なんだけどね」
 仮面を被ったあの人物は、諜報活動を総括してもいる。白百合学園での事件後、ヤマシロの庁舎が集中している東地区に、何人かのスパイを派遣していた。
「やっぱり、お役人達が動き始めているみたいよ」
「……だろうな」
 予想できたことなので、一機は特に驚かなかった。
 白百合学園で執り行われた学園祭。そこへ堂々と殴り込んだテログループをみすみす逃がしてしまったのだから、ヤマシロのお偉方は槍玉に挙げられていることだろう。ヤマシロ市議会の議員の中でも、治安維持を担当している者達は、それこそ血眼になって、テロリストを撲滅しようとしているにちがいない。
 そしてその筆頭格は、軍閥上がりの市長、西園寺厳蔵であることは間違いない。こうなってしまった以上、あの非情とも呼べる市長は、表向きからは市長として軍に精鋭部隊の出動を要請するだろうし、裏からは軍人時代のコネでも使って、軍特殊部隊を使ってくることも考えられる。
 責任を感じて、素直に市長の職を辞めていれば、これ以上の混乱は防げたものを……。同情しているわけではないが、それでも市長の椅子にしがみついている西園寺厳蔵のことが、哀れにすら思えてくる。
「それで? これから、どうする?」
「どうも何も。向こうが喧嘩を仕掛けてくるというのなら、断わる理由なんてないわ。こちらも徹底抗戦するつもり」
 ロクな武器も無いのにどうやって抗戦するつもりでいるのか。そこを一機は問い詰めたくなった。
 確かに、レッドフェザーは規模の大きなゲリラグループではある。しかし、戦闘に関して、正式な訓練を受けてきたわけではない。戦いのプロを向こうに回して、徹底抗戦も何も、あったものではないと、一機は思うのだが。
 しかし、何を言ったところで、おそらく赤羽は考えを曲げるような男ではない。
 それでは、どうするのか? その疑問に対する答えを、一機は持ち合わせていなかった。



 地下駐車場を離れ、ビル内部に戻ってきた一機と赤羽は、ガルマンに呼び出された。
 人気のない通路の真ん中に三人はやって来た。何かあったのか、と一機と赤羽が互いの顔を見合わせると、ガルマンはこちらの予想を上回ることを言ってのけた。
「武器のアテがある、だと?」
 一機はガルマンに訊き返した。無機質な機会音声と共に、ガルマンは「ああ」と答える。
 八方塞がり、としか言いようがなく、武器調達に困窮していた時に届いたのは、武器を手に入れることができるかもしれない、という情報だった。
 これが、朗報となるか、凶報となるか……。慎重な判断を要求されるところではあったが、少なくとも、赤羽にとっては朗報だったらしい。
 赤羽は身を乗り出していた。
「本当なの、ガルマン?」
「情報提供者は信頼できる。尤も、武器の提供者が信頼できるかどうかは、別問題だが」
「詳しく説明してちょうだい」
 赤羽に続きを促され、ガルマンは語り始めた。
「簡単な話だ。一年近く前の、陸部の強制査察、覚えてるか?」
「忘れるはずがないでしょう?」
 赤羽の言葉にガルマンは「その時、査察にビビった連中が、仲直りをしたがっている」と応じた。
 一機は顔をしかめた。
 以前ならば、武器の供給路には二つのルートがあった。
 片方は陸部からの横流しであり、もう片方はアンダーグラウンドにおける、いわゆる武器商人からの卸売りである。
 その武器商人は、一年ほど前、陸部の強制査察に恐れを成したらしく、レッドフェザーを含めたあらゆる非合法活動組織への武器の販売をやめてしまったのであった。
 それが、今さらになって商売を再開したがっているというのだから、
「……どういう風の吹き回しだ?」
 という一機の疑問が、自然と口からこぼれていた。
 ガルマンは答える。
「あの査察から、一年になる。ほとぼりも冷めたのだから、活動再開には丁度良い……というのがあちらさんの言い分だ」
 ヤマシロの上層部は、本腰を入れてレッドフェザーを狩り出そうとしている。ほとぼりが冷めたどころか、むしろ、武器商人の側とすればより一層、慎重に行動しなければならない時なのでは、と一機は訝かしんだ。
「確かに、胡散臭いわねぇ、武器の提供者が」
 腕を組み、壁に背を預けている赤羽がそう言った。
 ガルマンは首を赤羽の方に向ける。
「勿論、あちらの言い分を鵜呑みにするつもりはない。何か裏があるのは間違いなさそうだが……しかし、武器も必要なのだろう?」
 ガルマンの言葉に「そりゃあね」と赤羽は首肯する。
「もう少し、調べてみるが……いずれにしろ、こうなってしまった以上、猶予もない」
 こうしている間にも、西地区からレッドフェザーを駆逐するべく、西園寺厳蔵が制圧部隊を動かしているかもしれない。慎重になりすぎて、機を逃せば今までの活動が全てご破算になってしまうのだから。
 赤羽が口を開いた。
「報告は分かったわ。武器に関しては、ガルマンに任せましょう」
「了解した」
 そう言うと、ガルマンは来た道を戻っていった。
 それを見送りつつ、一機と赤羽も並んで歩く。
「……何かがありそうだな」
「でしょうね。でも、ここまでくれば、多少のバクチは避けられないわよ」
 無理にバクチを打つ必要があるのか、と思ったが、口にはしないことにした。忠告したからといって踏みとどまるような男でもない。
 なら、自分にできること、その中で最善だと思えること。それをするしかない。
 満願成就は目と鼻の先なのかもしれないが、その一寸の先が闇である。果たして、その闇の中にあるのは、道か、穴か……
 そこはかとなく、不安を感じつつも、一機は薄暗い廊下を早足で歩いた。



 レッドフェザーのアジトを見つけ、そこに潜入して数日。
 手早く内部の事情を探り、なにやら武器の供給路を再び確保したらしい、という話を白石英二は耳にした。
 武力に訴え出る日も近い、ということであるらしい。ゲリラの活動拠点たるビルの場所は分かったことであるし、武器その物はまだ確保していないのだから、ゲリラが動き出す前に特殊部隊を送り込めば片が付く。
 ならば、ここに長居する必要もない。隙を突いてアジトを抜け出し、厳蔵に一報を告げなければならない、と考えつつ、英二は薄暗い通路を歩いていた。
 すると、廊下の向こうから男が一人、姿を現した。
 その男には見覚えがある。確か、レッドフェザーが雇った傭兵であり、実働部隊のナンバーワンこと東条一機だった。
 何事もなく一機の横を通り過ぎた、と思った時、不意に英二は「おい」と一機に呼び止められた。
「お前……見ない顔だな?」
 バレたか……? 思わず、体を強張らせた英二だったが、一機は「あ、そういえば」と何かを思い出したような声を出した。
「新入りだったな、お前……えーと、確か……」
 名前が出てこないらしい。英二は一機に「白石ですよ、白石英二」と伝えた。
 すると、一機は体の正面をこちらに向けてきた。
「ああ、そうだ、白石だったな。ところで……何か用事か?」
「え?」
「いや、そっちは玄関だぞ。どっか行くのか?」
 すれ違った場所がまずかったか、と英二は歯噛みした。
「いや、ちょっと外の空気でも吸ってこようかなと」
 こんな時は口から出た言葉より、仕草の方が怪しまれるものだ。なるべく平静を装って英二はそう答えた。
 一機は苦笑した。
「ま、こんなむさ苦しいところで、鬱屈とした気分を抱えて、非合法活動に明け暮れようっていうんだからな……気疲れもあるんだろう?」
 笑顔を見せた一機だったが、誤魔化しが通用した、という雰囲気ではなかった。
 英二が「ええ、まぁ」と曖昧な返事をすると、一機は英二の横を通り過ぎて、玄関へと向かう。
 こちらを振り返らず、一機は言ってきた。
「ちょっと付き合え。軽く気張らしに行こう」



 ゲリラが居を構えているため、ヤマシロの西地区は治安が悪いと思われている。ある意味でそれは正しいのだが、レッドフェザーは民衆から略奪を行なうような集団ではないこともあってか、人が暮らすことのできない場所、というわけでもないらしい。
 遠方からわざわざ引っ越して来たがる人間などいないが、十年前のテロ以前から西地区に住んでいた者達で、被害を受けなかった者達は、そのまま西地区で生活を続けていた。
 大衆向けの居酒屋も、西地区にはいくつか残っており、ゲリラの面々も、たまには赤提灯のぶら下がっている暖簾をくぐることがあるらしい、というようなことを英二は一機から聞かされた。
 居酒屋の奥まった場所にあるテーブルで、英二と一機は向かい合って座っていた。
 一品料理の小皿に箸を伸ばしつつ、英二は「こんなところに、来るんですね?」と一機に話しかけた。
「なんだ? ゲリラに身を置く人間は、こうして酒を飲むようなヒマも金も無いとでも思ってたのか?」
 苦笑しつつ、ビールのジョッキを一機はあおる。
「貧困からの脱却、がテーマなんでしょう? それなのに、これじゃあまるで……」
「ロクに仕事もせず、事件を起こし、世間を騒がせ、酒を飲むだけの集団、か」
 不逞の輩以外の何物でもないな、と言葉を結んだ一機は枝豆を摘む。
「的を射ているところもあるから、否定はできないけどな。でも……やめられないのさ、もう」
 そこで一機は視線を枝豆から英二に向ける。
「貧困からの脱却、というのも、無くはない。だが、どちらかといえば建前に近いのも事実だ」
「それじゃあ本音は?」
「言っただろう? 復讐だよ」
「復讐っていうと、市長に?」
「他に誰がいる」
 さも当然のような声になる一機だったが、言ってから「……まぁ、俺には恨みなど無いが」と訂正した。
「仕事だから仕方ない、ってヤツですか?」
「そんな風に割り切れれば、いっそ楽なんだけどな」
 一機の言葉に対し英二は、おや、と思った。
 血も涙もなく、金に生きる冷酷非情な傭兵。それが、英二が抱いていた東条一機という男に対するイメージであった。
 しかし、目の前の男は、そんなイメージにまるであてはまらない。何かに葛藤しているらしい一機の様子は、血の通った人間であることを英二に認識させた。
 英二は訊いた。
「じゃ、レッドフェザーの、他の皆さんは、市長を恨んでいるわけですか? だから、復讐を果たしたいと」
「ああ……というか、お前もそうなんだろう?」
「ええ、まぁ……」
 英二は西園寺厳蔵に恨みを抱いている、という設定でレッドフェザーに潜入している。だが、それはあくまでもゲリラに潜入するための口実でしかなく、まさかゲリラ活動に従事する面々のほぼ全てが、厳蔵に恨みを抱いていたとは……。
 貧困からの脱却、は建前に過ぎず、厳蔵への復讐こそを目的としているのがレッドフェザーという集団なのだろう。その事実を、今さらのように目の当たりにした英二は、厄介なことになったな、と少し頭を抱えた。
 貧しい生活に嫌気が差し、それを解決すべく暴力に訴え出ている、と考えていたところもあり、場合によっては折り合えるところで折り合えるのではないか、と英二は思っていた。ところが、活動理由が厳蔵への復讐となれば、話し合いの余地すらない。
 これでは全面衝突以外の未来はない。ゲリラと軍特殊部隊が本気でぶつかり合えば、それこそ十年前――いや、既に十一年前か――の二の舞になりかねない。
 ゲリラに反撃させる隙を与えず、最初から最後までこちら側が主導権を握り、ゲリラを急襲し、制圧する。
 そうしなければ……また自分と同じような子供が現れるかもしれない。
 二親を一度に亡くし、頼るもの、縋るものを失ってしまった自分。絶望という底なし沼に突き落とされ、自暴自棄になり、自分は銀色に光るナイフを手に取った。
 そして……自分はあの時、そのナイフをどうしたのだったか?
 そう、確か、あのナイフは、何の罪も無い、無垢な少女へと向いていた。
 何故、そんなことをしてしまったのか、今となってはよく分からない。だが、あの時、少女に向いていたはずの刃は、最終的に少女の体を貫くことはなかった。
 あの日、テロを鎮圧するべく、特殊部隊の司令官が現地入りしていた。その司令官が身を挺して少女を守っていた。
 少女に刺さるはずだったナイフは、司令官の腰に突き刺さった。子供の力で、大の大人に負わせることのできる傷など、そう深くはなかったとはいえ……その傷跡は今も、西園寺厳蔵の腰に残っているはずである。
 レッドフェザーの言う復讐なら、自分は既に果たしている。英二の心に沸いた黒い感情は、あの時に厳蔵が背中で受け止めてくれている。
 唐突に一機が、フッと笑った。
「真に受けるつもりは無かったが……なにやら、曰く付きらしいな、お前」
 何を言われたのか理解できず、英二は「は?」と間の抜けた返事をしてしまった。
「市長にクビを切られ、その恨みを晴らすためにゲリラの仲間になる。まさか、そんな戯言を信じてもらえるとでも?」
 英二は目を大きく見開いた。まさか、最初からバレていたのか……?
 体を緊張させた英二だったが、そんな英二に「ま、落ち着け。誰にも言ってない」と告げてきた。
「まぁ言ってないだけで……勘の鋭いヤツは気付いているかもしれないがな。だが……赤羽は気付いてないかもしれん」
 赤羽真澄、とはレッドフェザーのリーダーを務める男のことだったか、と英二は思い出していた。
「なぁ、白石? 俺が何故、お前のことを市長のスパイだと知りつつも、のんきに向かい合って酒を飲んでると思う?」
 一機の問いに答えることができず、英二は無言のままでいた。
 一機は続ける。
「前々から、少し気になっていた。そこらのボンクラ市長ならともかく、軍人上がりの西園寺厳蔵にしては、ゲリラ討伐のやり方が妙にぬるい。それがどうしてなのか、ずっと疑問だった」
「その答えを知りたい、と?」
「市長官舎の執事をしていたのだろう? なら、知っているんじゃないか?」
「……知ってるも何も……市長は純粋に、自分が潰してしまった西地区を元の姿に戻したい。ただ、それだけなんです」
「それにしたって、武力でゲリラを押さえつけてから、西地区を復興した方が手っ取り早いだろう?」
「あの人は、むやみやたらと武力に頼るような人ではないですよ」
「どうだか……。赤羽に言わせれば、血も涙もない、鬼畜の殺人者らしいが」
「誰のことを言ってます?」
「西園寺厳蔵だ」
「あの人が殺人者? どうして……?」
「宗教団体が起こした、あのテロ。あれは宗教団体を取り押さえようと躍起になった軍特殊部隊が、誰彼構わず、見境もなく銃を乱射した。流れ弾が大多数の民間人に降り注いでしまった」
「それは……!」
「違うと言えるか? その民間人の中に、自分の大切な人間もいたであろうレッドフェザーの面々に向かって、その言葉を」
 思わず、英二は言葉に詰まる。
 言い返すことなどできない。惨劇を起こした原因は、手荒な手段に頼ってしまった厳蔵にもある。
 しかし、それだけの人ではない、と英二は断言できるし、断言したかった。
「もし本当にそんな人なら……俺は、今頃、生きていませんよ」
「どういうことだ?」
「もう、十一年前ですよね、あのテロは。あの時、俺も現地にいたんです」
「ほう?」
 一機の相槌を耳にしつつ、英二は続ける。
「そこで、俺は両親を一度に失いました。両親を撃ったのが、特殊部隊だったのか、それともテロリストだったのか、今となっては分かりませんけど……」
「……なおさら、レッドフェザーに向いた過去だな。だが、なぜだ? それなら、どうして、レッドフェザーではなく、お前はあの市長の肩を持つ?」
「恩人であり、恩師だからです。市長が俺を育ててくれました」
「育てた……? 市長が、お前をか?」
「はい」
 肯定しつつ、英二はジョッキの中身を飲み干した。
 怪訝そうな顔になる一機を横目に、英二は店員にビールをおかわりを注文した。
「はい、ただいま!」
 世間を騒がせているゲリラの人間だということを知ってか知らずか、店員は溌剌とした声で応じてから、英二の持っていたジョッキを下げていく。
 一機は言う。
「良心の呵責……か。これじゃあ、まるで、市長は本当に、西地区を元に戻したいんだろうな。付け加えれば、罪の意識があるということだ」
「あの人は、十一年前のあの日、部下に見境のない行動をさせてしまったことを、ずっと後悔しています」
「……折り合えるところで折り合えれば、それが一番、平和的な解決なんだろうな」
「傭兵らしからぬセリフですね?」
 英二の指摘に、一機は「よく言われる」と苦笑した。
「金のためなら、どんな仕事でもこなすのが傭兵だ。でも、だからといって、暴力的な解決だけが傭兵のやり方じゃない。無用な殺生はしない、というのが俺の流儀だ」
「一昔前の、任侠映画みたいですね?」
「かもな。市長とゲリラ。この二つの諍いを調停して、そのミカジメをもらうというのも、金に生きる、という点で悪くない」
 そう言って一機は口の端をニヤリと歪めた。
 軽い冗談を言ったつもりだったのだろうが、次の瞬間、一機の顔から笑みが消える。
「待て……諍いの調停……?」
 呟いた一機に、英二は「どうかしました?」と、こちらも真顔になって尋ねてみた。
 一機は英二の顔を見て、言う。
「市長一派とゲリラグループ。この対立の図式で、最も得をするのは誰だ? 逆に、この二つの勢力が仲直りすることを好ましく思わないのは誰だ?」
「いきなり、どうしたんですか?」
 一機は何かを思いついたらしいが、英二にはなんのことかサッパリだった。
 一機は答える。
「俺達の内情を探ったんだから、知ってるだろう? 武器の供給路が復活したことを」
「ええ、それは勿論……」
「市長からトップダウンで、レッドフェザーの取り締まりが強化されている。治安維持機関の監視だってキツくなっているこの時期に、アングラの武器商人が、ゲリラ相手に商売をしたがる理由って何だ?」
「普通に考えれば、ありませんけど」
「逆に言えば、危険を冒してでも、武器商人には商売を復活させるメリットがあったということ。あるいは……」
「あるいは?」
「ハイリスク・ハイリターンではなく、ローリスク・ハイリターンに状況が変化した」
「つまり?」
「武器商人のバックに、何かがついている可能性がある。その“バック”が武器商人のリスクを帳消しにするか、肩代わりしているとすれば……?」
「危険を冒すことなく、商売ができる、ということですね」
 それならば、武器屋も商売を再開する理由になる。問題は、武器商人のリスクを丸ごと抱え込むことができるほどの大物が誰なのか、ということなのだが。
 不意に、一機がテーブルをドンと拳で叩いた。
「くそっ……! そうか、そういうことか……!」
「何か、分かったんですか?」
「……ああ。証拠なんて無いが、確信がある」
「武器商人の後ろに、誰がいるか、分かったんですね?」
「それだけじゃない。多分、このヤマシロに呪いを掛けた張本人も、ソイツだろう」
「ソイツって、誰ですか?」
「……ここでは言えない」
 よほどのビッグネームらしい。酒の勢いに任せて口にする、ということができないのだから、かなりの大物なのだろう。
 そうなると、市議会の議員クラスか? 確かに、現政権とゲリラの対立状態が長く続けば、いずれ厳蔵は退陣に追い込まれる。その時、後釜に座ることができそうな人間の名前を英二は脳裏にピックアップしていく。
 アングラの武器商人ともつながりがあるというのだから、軍隊出身者である可能性が高い。それも、表沙汰にできない任務でこそ、そういった武器屋が重宝されることを思えば、特殊部隊関係者……。そこまで考えて、英二の頭に西園寺厳蔵の顔が浮かんだ。
 まさか、厳蔵が?
 理性と本能。その二つが、ありえない、と英二に告げる。そんなことをして、厳蔵に何のメリットがある? ましてや、厳蔵の苦悩を誰よりも身近に感じてきたのは自分ではないか。
 英二の心中を汲み取ったのか、一機は「市長ではない」と言った。
「ついでに言えば、市議会の議員でもない。関与がないかどうかは不明だが……首魁ではないだろう」
「では、誰が?」
「後で教えてやる」
 そこで話を切ると、一機はジョッキをカラッポにした。
 その時、店員が英二のビールを運んできた。