West area

遭遇と共闘 ‐ Scnen 2

 沼倉太郎(ぬまくら たろう)は、商店街の表通りを歩いていた。
 既にとっぷりと日も暮れている。
 腕時計は邪魔なのでつけない性格だったし、携帯電話を部屋に忘れてしまっていた。だから、今が何時なのか、沼倉には分からなかった。
 ここら一帯は学生街でもある。日が暮れると、閉店してしまう店も多かった。
 しかし、ゲームセンターやカラオケボックスのような、遊ぶための施設がないわけではない。その手のスポットは、他の店舗が既に閉まっているにもかかわらず、煌々とした明かりを放っていた。
 沼倉は、光り輝くカラオケ屋の看板を横目に見つつ、道を歩く。
 仲間内には、カラオケに行くことを趣味にしている者達もいた。
 沼倉は、仲間たちと自分とは“同類”であると思っている。しかし、仲間たちと違い、自分はそれほど歌を歌うという行為が好きにはなれなかった。
 何事も経験だ、と思ったし、付き合いという意味も含めて、二回ほど沼倉はカラオケというものに挑戦したことがあった。しかし、特にそんな行為を面白いと思うことができず、今となっては仲間からカラオケに誘われても断わるようになっていた。
 沼倉は視線を前に戻す。
 すると、前方からアベックが現れた。
 年格好から察するに、この男女のペアは沼倉と同年代であるとみえた。場所が場所なのだから、白百合学園の生徒なのかもしれない。
 その二人の距離感は、近かった。夜ということもあってか、人目を気にしていないのだろう。
 沼倉は彼らに刺すような目を向ける。
 しかし、彼らは沼倉の視線に気付かないどころか、沼倉の存在にすら気付いていないようだった。
 そのまま沼倉は二人とすれ違う。
 仲睦まじい様子を隠そうともしない二人の背中に、沼倉はボソリとした声で言ってやった。
「ケッ……リア充が。爆発しやがれ」
 あんな連中、そこらの道端で、木っ端微塵に吹き飛べばいい。
 そう、沼倉が心中で毒を吐くと――
 ずん、という鼓膜を突き破るような、腹を底から揺さぶるような、音にも似た衝撃が沼倉に襲いかかった。
「……なんだ、今の?」
 茫然自失な沼倉が、唯一漏らすことができた言葉がそれだった。
 この衝撃こそが、俗に言う“爆発”である。



「おい……なんだ、こりゃ?」
 商店街の裏通りの真ん中にマンホールがあった。
 そのマンホールの蓋が、爆発による下からの圧力によって持ち上げられ、宙を舞っていた。
 口を開けたマンホールから、高々と火柱が舞い上がり、その火柱が消失する頃には部隊の誰もが呆気にとられていた。
 口をポカンと開けている三人の部下に「警戒!」と叱咤の声を飛ばした御古和也(みこ かずや)は車から降りた。
 隊長の御古に続き、後部座席から二人の部下も外に出る。運転席に一人だけ部下を残した状態で御古は「周辺に誰かいるか?」と二人の部下に声を掛ける。
「……いません、ね」
 もう一人の部下からも「そのようです」と返ってくる。
 車を走らせていたら、いきなり眼前のマンホールが火を噴いた。あのまま、マンホールの上を車で通過していたら……と思うと、背筋が冷える。
 しかし、と御古は内心で反駁する。
 こちらはスピードを出していたわけではない。車体下面にマンホールの蓋を直撃させることは難しいことではなかったはずだ。
 それなのに、外した。爆弾の扱いに慣れていない素人の仕業、だとは御古は考えない。これは意図的に直撃させなかった、と捉えたほうが自然である。
 そうなると、考えられるのは足止めくらいだが……それにしても妙だ。こんな爆発物を仕掛けるようなやり口は、犯人検挙を目的としている治安維持機関のすることではない。
 軍特殊部隊が動いている、という情報は無い。情報を回してきた人間は、確かなスジからの情報だったと言っていたし、御古自身もそう考えている。
 なら、あとはゲリラか。だが、それでもまだ引っかかる。爆発物の類を下手に使えば、目立ってしまう。この時期にゲリラが、自分たちのような取るに足らない存在を相手に、危険を冒してまで接触してくる理由など――
 その時、闇の中で影が蠢いた。
 二つの影が、車の背後から飛び出してきた。虚を突かれた部下は、首筋を殴打され、二人ともコロリと気絶してしまう。
 振り返りざま、懐から拳銃を引き抜こうとしたが、それよりも先に御古は相手によって肘を掴まれた。そのまま腕を絡ませられ、足を払われる。くるり、と体が回転し、そのまま御古は地面に組み伏せられる。
「ぐふっ……!」
 くぐもった声が自分の口から漏れた。うつ伏せに引き倒された、ということに気付いた時には、ずしっという衝撃が背中を圧迫していた。
 足で背中を踏みつけられ、首筋に何かを押しつけられる。無造作に髪の毛を引っ掴まれて、御古はしかめっ面になった。
「久しぶりだな、御古」
 自分の名前を知っている? 御古はどうにかして首を動かし、襲撃者の顔を見ようとする。頭を掴まれている上に、光の少ない夜道では、そこにいるのが誰なのか、判然としなかった。
「終わったぞ、東条」
「運転席もか?」
「ああ、片付けた」
 これで、三人の部下が倒された。不意を突かれたとはいえ、たった二人の襲撃者に倒される傭兵とは情けない……と嘆きたくなった御古は事実、溜息を一つ吐いてから「東条、お前なのか?」と背中の男に声を掛ける。
「ああ。久しぶりだな」
「旧交を温めるのなら、もっと穏便なやり方にはできんのか?」
「そうしたいのは山々だったんだが……こちらにもちょっとした事情がある」
 そこで言葉を切ると、一機は仲間の男に「白石、やれ」と告げる。
 御古は一機に尋ねる。
「おい……なにをするつもりだ?」
「なに、ちょっとした無力化だ」
 淡々とした声で一機は応じてきた。
 白石とかいう仲間の男が、御古の手首に手錠を掛ける。同時に、一機はロープで御古の足首をキツく縛り上げた。
 手足の自由を封じた御古の背中から足をどけた一機は「訊きたいことがある」と言ってきた。
 上体を起こされ、道の脇の壁に背中を預けた御古は「なんだ?」と訊き返した。
「昔の知り合いと連絡を取った」
「それで?」
「しらばっくれても無駄だ、ということだ。時間を無駄にしたくはない」
「言葉をそのまま返すぞ。全部知ってるなら、俺を問い詰めても意味はないだろうが?」
「全部じゃない」
「あ?」
「あんただけが知ってること。それを教えて欲しいんだ」
「教えるものか……と言いたいが」
 そこで御古は肩の力を抜いた。「強がったところで、勝ち目はなさそうだ。何を知りたい?」
「あんたがここにいる理由だ」
 ここ、とはすなわち、ヤマシロのことだろう。
 それを話せば……おそらく、聡明な一機のことだ。十一年前のあのテロの真相にも気付くだろう。
 いや、もう既に勘付いてはいるのかもしれない。だからこそ、御古に接触した、ということか。
 御古は語り始める。
「お前が、傭兵派遣の仕事を辞めて、独立したのは……もう五年は前か」
「正直言って、あんたがあの会社に今も籍を残していることが分からない。そこまで実入りは良くないだろう?」
「まぁな。おかげで副業が繁盛しているように思えちまう」
「訊きたいのはその副業のことだ。あんたの副業は、本業と同じく、会社に仕事の依頼が届くんだよな?」
「そうだ。見た目も、仕事の内容も、本業と何ら変わらない。変わってくるのは……本業の依頼の中に、副業の依頼がこっそりと紛れ込んでいることだ」
「その副業をこっそりとこなせば……?」
「ご名答。依頼主が、副業の分の金を振り込んでくれる」
「だから、あんたはやっていけるわけだ。ところで、その依頼主ってのは誰だ?」
「……気付いては、いるのだろう?」
「……ああ」
 一機は首肯する。どことなく苦々しい表情になる一機に、御古はもう一つ、サービスしてやる気になった。
「十一年前」
「え?」
「あのテロには、裏がある」
「……やはりな」
「これも気付いていたか?」
「十一年前のあの時では、何かがおかしい、くらいの認識だった。真相に気付いたのは、さっきだよ」
「ついさっき、だと? おいおい、そこからよくもまぁ、俺に辿り着いたな? 少し遅けりゃ、大惨事だったぜ?」
「爆破テロを起こすつもりだったのだろう?」
「人聞きが悪いな……。爆発物を使用した、建築物の解体作業、とでも言ってくれ」
「そんな高尚な言葉遣いはできないタチでね。で、狙いは何だったんだ?」
「北地区の商店街の傍に、七階建てのビルがある。取り壊しが決まっているそのビルを吹っ飛ばして欲しいって依頼だった」
「七階建てとなると、マンションや寮だろう? 商店街の傍でそんな建築物となれば……」
「ああ。白百合学園だったか? そこの学生寮くらいしか無い。事実、少し調べてみれば、その寮を破壊して欲しい、っていう話だった」
「引き受けたのか?」
「仕事だからな。選り好みはしない」
「……それは、副業として、か?」
「そりゃあな。本業の方に、学生殺しを依頼してくる馬鹿はいない。表向きは『人気のないビルでの過激派同士の抗争』に見せかけて欲しい、ってことだった。なんでも、治安維持機関が過激派を検挙する口実が欲しいってんで、会社に依頼が持ち込まれたのさ」
「実際は? つまりは、副業では?」
「ゲリラ……もっと言えば、レッドフェザーか。レッドフェザーが暴走し、民間人に被害が出た、という風に見せかけろ、ということだった」
「要は、ゲリラが民間人を虐殺したように見せかけたいわけだ?」
「ああ。そうなれば、ヤマシロ上層部はより一層、ゲリラへの弾圧を強める。一方のゲリラは、ヤマシロ上層部からの弾圧に備えて、武器の調達を急ぐ。対立の溝はますます深まり、激突するのはもはや秒読み……という寸法だ」
「……あんたを止めて正解だった」
「こっちは仕事がパーなんだがな」
 良い迷惑だぜ、と御古は吐き捨てる。
 一機は言う。
「いずれにしても“あの男”が裏から手を引いているわけだ」
「そうだ。十一年前も、今も、な」
「やはり、このヤマシロに“呪い”をかけたのはアイツか……」
「それは人によるぞ」
 忘れて久しい老婆心が珍しく働いた。
 御古は続ける。
「呪われている、と思えば、それは呪いになる。だが、俺はアイツのおかげで、生活ができるんだ。悪い話ばかりじゃない」
「見ず知らずの他人を犠牲にしても、か?」
「結果論だ。必要な犠牲だった、という言葉で片付けるつもりはないが……十一年前の事件は、違う場所では“救い”になった」
「救い?」
「上條化成」
「KAMUIグループのか?」
「ああ。十一年前のテロ。あれによって、軍は増強の一途を辿ったし、ゲリラの誕生により、弾薬の需要が伸び続けた。その需要を一手に担い、市場に弾薬を供給し続けたことで、上條化成は巨万の富を得た」
「巨万の富?」
「と言っても、儲けたというよりは……倒産を免れた、といったほうが正確だがな」
「それがあんたの言う救いなのか?」
「KAMUIグループを構成する五つの巨大企業。その一角が、潰れようというのだぞ? 何人の人間が、路頭に迷うと思う?」
「西地区で起こった惨劇など、取るに足らないみたいな言い方だな?」
 一機の揶揄に、御古は鼻をフンと鳴らす。
「ヤマシロの人間にとって、KAMUIグループと言えば、南地区に広がっている工業地帯のことを指すくらいの認識しかない。KAMUIとはその程度の企業ではないのだよ」
「……まあ良い。大きい小さいの話がしたいんじゃない。どんな取引きや思惑があったのかなんて、知ったことではない。要は……このヤマシロに、再び、惨劇を起こそうとしているヤツがいる、ということが分かればそれで良い」
「分かったところでどうする?」
「それをあんたに教える必要はない」
 こっちだけ口を割らされてフェアじゃないな、とは思ったが、御古は口にしなかった。
 代わりに、皮肉を言ってやることにする。
「あいつを司法の場に引っ張ったところで、意味はない。釈放なんてすぐだぞ」
「人殺しだぞ? 死刑執行の可能性もある」
「腕利きの弁護士がごまんと控えている上に、証拠も無いだろう。司法の場に引っ張るだけ無駄だ」
「だが、止めなければいけない。ゲリラのやろうとしていることも、ヤマシロ上層部のやろうとしていることも……まるで意味がない」
 こりゃ、いくら言っても無駄か……。そう思った御古は「じゃ、好きにしな」と一機に言った。
「ああ、そうさせてもらう」
 そう言うと、一機は御古の足首を縛るロープをほどき始めた。
「なんのマネだ?」
 尋ねると、一機は「連行するんだよ」と返してきた。
「自分の足で車に乗れ。俺達のアジトに連れて行く」
「……拉致監禁ってワケか」
 星の巡りの悪い日だ、と御古は内心に呟いた。



 西園寺の家に仕えていた頃から、車の扱いには慣れている。御古という男が使っていた車の運転席に座り、セントラル・クロスを目指していた英二は、助手席に座る一機に「そろそろ、教えてくれないか?」と尋ねてみた。
 飲み屋で会話をしている内に、敬語を使う必要性を感じなくなった英二は、気兼ねない口調で一機に声をかけるようになっていた。
 飲み屋では教えてくれなかったビッグネームも含めて、何やら、色々なことに気がついたらしい諸々を是非とも一機から聞いてみたかった。
「思っていた通りだった」
 飲み屋で昔の知り合いとやらに連絡を取った後、一機はレッドフェザーのアジトに戻り、爆発物と起爆装置を手早く用意した。
 それをマンホールに仕掛け、御古たちの足を止め、御古から話を聞き出したことで、一機はより強い確信を抱いたらしかった。
「十一年前のテロ。お前、あの場所にいたって言ったよな?」
「ああ」
「……実は、俺もあそこにいた」
 思わず、ブレーキを踏み込んでしまった。
「えっ……?」
 頓狂な声が口から飛び出した英二は「いたって……どういうことだ?」と一機に問い質していた。
 一機は答える。
「中学の頃はヤンチャだったもんでな。自慢じゃないが、そこそこ喧嘩も強かった。そうしたら、卒業式に背広を着た男達がやって来たかと思えば、いきなり『キミには適正がある』ときた」
「それで?」
「高校に進学するつもりだったが、いきなり才能だの適正だの、そんな話を持ち出されたんだ。十五歳の身には、魅力溢れる話だった。進学なんぞそっちのけで、俺は話に食らいついた。その結果……傭兵派遣会社の派遣社員に登録された」
「傭兵……派遣会社?」
 聞き慣れない言葉だったので、英二はおうむ返しにしてしまう。
「傭兵を派遣社員として雇い、一括管理する会社だよ。だから傭兵に直接、依頼するのではなく、会社の方に依頼が行く。その依頼を派遣社員である傭兵がこなす、というわけだ」
 傭兵が個々人で活動していては、注目度にも限界があるし、中々、依頼が届きにくい。
 それを企業として大きな看板を掛かれば、目立つ分、依頼は届きやすくなる。派遣社員として登録しておけば、自動的に傭兵には仕事が割り振られるのだから、傭兵としては仕事が増えるし、企業としては紹介料をさっ引いて、傭兵に手取りを渡すことで、商売に繋がる。
 一機は続ける。
「中学卒業と同時に、俺は訓練を受けることになった。どうやら、本当に素質があったらしく、最低、半年は訓練を受ける必要があるらしいが、俺は三ヶ月で訓練を終了した。訓練終了と同時、俺は新入りのペーペーだったから、現役の親分各についていって仕事を覚えていくことになった」
「その親分各ってのが俺だ」
 後部座席で部下達と共に、窮屈そうにしている御古が話に混ざってきた。
「お前は事実、天才だったわな。実戦に放り込んで、ケロリとしていたんだから、大したタマだと思ったよ」
「そして……傭兵としての生活が始まって、一年が過ぎた頃、だ。ヤマシロの西地区で、あのテロが起こった」
「だが……ヤマシロで起こったテロと、東条の所属していた、その……傭兵派遣会社か? そこと、どういう関係があったんだ?」
 英二はゆっくりとアクセルを踏み、車を発進させつつ、尋ねた。
 すると一機は答える。
「当時は、誰かからの依頼ってことで、仕事を引き受けた。仕事の内容は『ヤマシロ西地区の暴徒鎮圧』だった」
「なんでも、当時は、過激派宗教団体が数日間、原発をジャックしたとかで、結構な緊張状態という話だったな? 実を言うと、だ……そんな話は、会社経由では俺達に伝わってこなかったんだ」
 御古の言葉に「それじゃあ、どういう話だったんですか?」と英二は尋ねた。
「実際には、軍特殊部隊が、宗教団体関係者を鎮圧していただけだったんだが……そのことを知らなかった俺達の目には、軍特殊部隊が暴徒に見えたし、宗教団体の連中が民間人に見えちまったんだよ」
 御古の言葉を引き取り、一機は続ける。
「だから俺達は、軍特殊部隊を黙らせるために戦うことになったわけだ。その結果、あのテロは見事なまでに泥沼になった」
 御古は言った。
「混乱に拍車が掛かったんだろう。そりゃ、特殊部隊の連中も泡を食うってなもんだ」
 英二は一機に言った。
「じゃあ……まさか、あんた等が、あの事件を、あそこまで悲惨なものに変えてしまったのか?」
「そういうことになる。無論だが、当時はそんなことは知らなかった」
 御古が口を開いた。
「自分たちの相手が暴徒ではなく、軍だと知ったのは事件が終わった後だよ。それからだな。俺と東条が、何かがおかしいと、疑問を持つようになったのは」
 一機は言った。
「その疑問がどうにも引っかかった。いよいよ、その疑問がピークに達したのが五年前。俺は傭兵派遣会社から籍を抜いた」
「だが、俺はもう少し続けてみて、疑問の正体を暴いてやろうと思った。そしたら……向こうから正体を現しやがった。そして俺は思ったな。どうしようもできないヤツが相手だったんだなって」
 御古の言葉を聞いた一機は、御古に尋ねる。
「その時、俺に真相を教えてくれなかったのは何故だ?」
「お前はもう会社を辞めちまってた……いや、そんな理由なぞ、後付けだな。本当は、どうしようもなかったからだ。相手が悪すぎる。お前に教えたところで、何がどうなるものでもなかった」
「KAMUIグループが相手では、そう思うのも無理はない、か……」
 そう言って、一機は溜息を一つ吐いた。
 それから、一機は言った。
「それで、だ、白石。ここからが真相なんだが……その前に、一つ、約束してほしいことがある」
「何だ?」
「俺は真相をレッドフェザーに伝える。お前は、市長に真相を伝えて欲しい。真相を知れば分かるはずだが、レッドフェザーとヤマシロ上層部がいがみ合う必要など無くなるんだ」
 頼めるか? と目でこちらに告げてくる一機に「……ああ」と応じた英二は一機の話に耳を傾ける。
「そもそも、全ての発端は“とある人物”が傭兵派遣会社に嘘の情報を流した上で依頼を持ちかけ、必要以上に、西地区で起こったテロを激化させたことだ」
「その、とある人物って?」
「当時はまだ、KAMUIグループ傘下の企業、青柳重工の一社員だった青柳龍一郎(あおやぎ りゅういちろう)だ」
「グループ傘下の企業の……それも一社員が、そんなにも大物だとは思えないが……」
「名前で気付かないか? 青柳は、当時の青柳重工社長の息子だった」
「息子とは言え、それでも一社員に過ぎなかったのだろう?」
 反論しつつ、英二は車を幹線道路へと滑り込ませる。この幹線道路を南下していけば、いずれセントラル・クロスに辿り着くだろう。
「そう。ところが、社長だった父親が急死してしまい、その一社員が家督を継ぐことになった」
 一機は説明を続ける。
「青柳は、あるプロジェクトを抱えていた。そのプロジェクトは青柳重工だけではなく、KAMUIグループ傘下の企業の誰もが推進し、取り組むかに見えた。ただ一つの企業を除いて」
「その、一つの企業って?」
「上條化成だ。青柳が主導するプロジェクトは」
 そこで言葉を切り、まぁ俺も詳しい中身までは分からないが、と前置きしてから一機は言う。
「どうも、上條化成の技術を時代遅れにしてしまう“何か”だったらしい。当時のKAMUIグループ会長は上條化成出身だったんだから……後は分かるな?」
「組織内部での対立、ということか」
「誰もがグループ会長である上條義勝(かみじょう よしかつ)と、傘下企業社長の青柳龍一郎の衝突を予測した……。ところが、ここで青柳は、上條とぶつかろうとはしなかった」
「何故です?」
「グループ傘下企業の一つを潰してしまっては、グループ全体のイメージダウンに繋がるし、損失だってバカにはならないからだろうな。青柳は、上條化成の存続と、自身のプロジェクトの推進。両方を可能にする道を採択した」
「それが、まさか……?」
「そう。弾薬の需要を増やし、上條化成の利益に繋げるために、西地区のテロを激化させた。そして、ゲリラグループを誕生させ、軍備増強の道を歩ませた。こうすることで、上條との対立を避け、協力関係を育むことに成功し、自分のプロジェクトをも進めることができた」
「それじゃ……黒幕は、青柳龍一郎?」
「そういうことだ。今の、KAMUIグループの最高経営責任者。迂闊に名前を出せないビッグネームだろう?」
 別名、KAMUIの昇り龍。
 若くして父の後を継ぎ、青柳重工の社長に就任した後は、先代のグループ会長である上條義勝の引退と同時に、自身がグループ会長の席に収まった。
 上條化成と対立するのではなく、懐柔し、そして傭兵を操って弾薬の需要を拡大させるという手腕は並大抵の人間にできることではない。
 市長である西園寺厳蔵一派と、レッドフェザーが仲直りしてしまえば、争いの火種が消え失せてしまう。そうなれば、ゲリラ活動が停止するし、軍備の増強は止まるし、武器や弾薬の需要は減る一方となることは想像に難くない。これはそのまま、上條化成への打撃に繋がってくる。
 一機は言う。
「……止めるぞ、青柳を。市長一派とレッドフェザーを激突させてしまえば、ヤツの思う壺だ。場合によっちゃ、第二、第三のレッドフェザーが生まれかねない」
「まさに……ヤマシロにかけられた呪いだな」
 知ってしまえば、全ては青柳の掌の上での出来事だったことになる。厳蔵も、レッドフェザーも、青柳に操られていただけ、ということか。
 これほど滑稽な話もない、とこの時の英二は思ってしまった。