West area

昇り龍 ‐ Scene 1

 ヤマシロの中央地区では、背の高いビルが群れを成しており、コンクリートジャングルを象徴するような場所となっている。
 そんなビル群のうちの一つに、KAMUIグループのオフィスがあった。
 KAMUIグループの現会長である青柳龍一郎は、ヤマシロ南地区に大規模な工業地帯を抱えている青柳重工の出身者である。その影響もあって、上位組織であるKAMUIグループがヤマシロの中央地区に存在していた。
 グループ傘下企業の一つ、上條化成から上がってきた上條義勝が会長をしていた頃は、KAMUIグループのオフィスはヤマシロとは別の場所に存在していた。しかし、青柳は自身の会長就任と同時に、自分の城下町にKAMUIグループを引っ張ってきたのであった。
 役員達との午前中の会議を終え、青柳は自室に戻ってきた。
 絨毯の上を音もなく歩き、革張りの椅子に腰掛ける。机の上に溜まっている書類に目を通そうとした時、机の上の電話が鳴った。
 ちらと視線を投げてから、青柳は受話器を取る。
『社長、よろしいでしょうか?』
 部屋の外にいる秘書からの内線電話だった。青柳重工の社長をしていた頃からの付き合いなので、彼女は今でも青柳のことを社長と呼ぶ。既に社長の職は別の人間に譲っているため、この呼び方は適切ではないのだが、青柳は秘書の好きにさせていた。
「なんだ? 急ぎでないなら後にしてくれ」
 そっけない声でそう言う。
『それが、社長に面会の申込が来ているのですが』
 書類を読む目が止まった。
「面会だと? 誰だ?」
『それが……その……』
「どうした?」
 書類を机に置き、電話に意識を集中させる。
『あの、社長。黒川商会って、何のことですか?』
 青柳は眉をぴくりと動かした。
 黒川商会とは、非合法活動をしている者達に武器を販売している人間達を指す隠語だった。隠語と言うには、いささか、身を表わしすぎな感もある名前ではあったが、彼らを指す隠語は他にもある。
 しかし、青柳の裏側を、こっちの秘書には教えていない。青柳の裏側を支える秘書は、別にいる。
 まさか、表側の秘書の口から、黒川商会という言葉が出てくるとは思ってなかったが、青柳は動じたようなそぶりも見せず、
「ああ、構わん、私の個人的な知り合いだ。で、黒川商会さんから、面会希望か?」
『あ、いえ。黒川商会から紹介されたらしいんですが……ちょっとばかり怪しい雰囲気なんです』
 黒川商会と関わっているくらいだから、マトモな人相風体をしているとは思えない。これ以上、非合法活動に従事している人間と押し問答をさせるのも酷か、と青柳は判断した。
「会おう。部屋に通せ」
『はい、分かりました……』
 何やら釈然とはしていない様子だったが、構うつもりはなかった。
 少しすると、執務室の出入り口が開く。そこから姿を現したのは、屈強な男だった。
 厳つい風体の割りに、顔には薄く化粧を施してある。とあるゲリラグループのリーダーはオカマ、という噂があったが、その噂は本当だったらしい。そんなことを考えつつも青柳は「ようこそ、KAMUIグループへ」と社交辞令を述べておいた。
「へぇ、あなたが、今を煌めく昇り龍なの? 思ってたより若いのねぇ」
「父を早くに亡くしたものでね」
「あらヤダ、余計なこと言っちゃったかしら? それじゃ、言い直すわね」
 一泊、間を置いてから、棘のある声になった。
「『死の商人』の青柳会長」
 皮肉どころか、敵意や悪意といったものが、たんまりと込められた言葉をぶつけられ、青柳は苦笑する。
「武器屋を影ではみんなそう呼ぶ」
 そう言いつつ、青柳は椅子から立ち上がる。
 重厚なデスクの前には、応接セットが一式おいてある。名前を名乗っていないオカマに、青柳は「どうぞ」とソファを勧めつつ、自分もソファに座る。
「それで? 私に、何かご用件でも?」
「ええ、そりゃあ、もう……たっぷりとね」
 青柳の顔を睨み据えながら、オカマは青柳の向かい側に座った。
 青柳は答える。
「黒川商会の名前を出していたな? 武器の仕入れに関するお話かな?」
「黒川商会さんには、普段からお世話になってるわ。別に、仕入れに困っているわけじゃないのよ」
「おや、武器の仕入れの話でもないのに武器屋のトップに用事があるとは……。週末のパーティに関する打ち合わせにでも来たのかね?」
「生憎、今日は火曜日よ? 週末の打ち合わせなら、金曜日で充分でしょうに」
「忙しい身なんだ。週末に何か予定を入れたいのなら、今日中にお願いしたいね」
「そう、それじゃあ、とっとと本題に入らないと、マズイわね?」
 青柳が「だろうね」と応じると、オカマは不適な笑みを浮かべる。
 不毛な話をしている、という自覚はある。しかし、敵の本拠地のど真ん中に単身で乗り込んできたのだから、これくらいの言葉遊びは、相手をもてなすための、ちょっとした余興だった。
「青柳会長。あなたが十一年前にしでかしたこと。西地区で起こったテロの中身。残念だけどね……アタシも、そして、ヤマシロの市長さんも、分かってるのよ?」
「ああ、そのことか」
 淡々とした声で青柳は反応する。「傭兵派遣会社こと、宇佐見ディスナリー。表向きは、普通の人材派遣企業として、KAMUIグループの傘下に入ってくれてもいる。私と、十一年前の傭兵派遣を結びつけるのは、そこまで難しい話でもなかったと思うが?」
「しらばっくれるつもりもなければ、悪びれるつもりもないわけね……」
 低い声でオカマが呻く。一度、目をきつく閉じた後、オカマは目を開ける。
 その双眸には怒りが滲んでいた。
「もう、終わりにしてちょうだい」
「何を、かな?」
「悪いけど、アタシ達、レッドフェザーと、ヤマシロの市長達とはもう対立するのをやめたの。だから、そっちも、いたずらに争いの火種を増やすのを終わりにして」
「武器屋にとって、戦いの火種こそが、金の種だし、飯の種、だからなぁ……。火種が減れば、市場も減る」
「近頃は、海賊も武装する時代になったんでしょう?」
 場にそぐわない単語が飛び出してきた。つい興味を惹かれた青柳は、そちらに身を乗り出していた。
「ほう? あなたは中々、物知りなようだ」
 世辞ではなく、褒めたつもりだった。しかし、オカマは「情報収集ができなくて、ゲリラ活動なんてできないわよ」と、さも当然だと言わんばかりの声になった。
「海賊も、南の海あたりでは、随分と派手なことをしているって言うじゃない。新しく制定された、日本の領土のすぐ傍で」
 地下には莫大な新種の鉱山物質――ジャピタロンと名付けられている――が眠っているとされている場所。
 ジャピタロンの採掘基地になりうる、ということにいち早く気付いたのが日本であり、他国よりも先んじて日本が現地入りしたことで、強引に日本の領土としてしまった場所。
 一見して、横暴な行動に思えるが、ジャピタロンの採掘や精製など、現実的な運用方法に関して一日の長があるのが日本でもあった。
 採掘されたジャピタロンは、石油や原子力に変わるエネルギーとして注目されつつあるのは事実だが、その実、エネルギーに変換しようとすると、原子力以上に繊細な運用を要求される。日本の技術的な介入がなければ、発電所が立ちゆかないというのが実情だった。
 早い話、ジャピタロンの採掘を横取りしたところで、日本の手助けが無ければ、ただの石ころに過ぎないのがジャピタロンだった。
 しかし、そんな物は大国の思惑に限った話でもある。ジャピタロンの輸出を一手に担う日本を出し抜き、ジャピタロンの輸出――あるいは密輸――をしようと考える者がいないわけではない。
 そういった輩が徒党を組み、武装し、南の海を荒らし回っていると聞く。その様はまさに海賊だった。
 どこで手に入れたのか、強襲揚陸艦を運用し、戦闘機すら繰り出してくるあたり、現代版の海賊と言える。
 その海賊に対応するべく、日本政府は海部の増強を考えている。空母や、洋上で使える戦闘機を海部は求めているはずだ。
 また、島には現地の陸戦部隊を駐留させる必要がある。現状、海部と陸部の合同で部隊編成を行なっているが、いずれ正式な――例えるなら海兵隊のような――部隊が設立されるのは目に見えている。人材もそうだが、そうなると大量の武器や、弾薬が必要になってくる。
 確かに、目の前のオカマが言うように、市場が縮小することはないだろう。
 軍部での需要が増えることを思えば、上條化成が窮地に陥る心配はないし、海部が新型の戦闘機を必要とするなら、青柳重工の出番となる。
 南海の海賊からの防御。そのための軍拡。それを考えれば、KAMUIグループが潤うのは目に見えている。無理にヤマシロ内部に火種を作る必要はない、ということになるのだろう。
 オカマは続ける。
「既にグループの会長になったんでしょう?」
「ん?」
 オカマの言わんとすることが一瞬、理解できなかった青柳は確認の声を漏らす。
「上條義勝や、上條化成への義理立ても、充分でしょう? 上條化成が倒産する可能性も、しばらくは無さそうだし……。もう、これ以上、ヤマシロを戦場にしないで」
「ふむ……。なるほど、話は分かった」
 青柳はソファに背中を預け、顎に手をやる。
 少しの間、思案した後、青柳は言った。
「しかし、あなたは思い違いをしているようだ」
 青柳の言葉にオカマは怪訝そうな顔になった。
「どういうことかしら?」
「上條化成への義理立てなら、十一年前に終わっているさ。私はこれでも、先を見据えているつもりなんだ」
「先を?」
「ああ。実はこれでも、私は危機感を抱いている」
「何に?」
「ジャピタロンだよ」
「それが、どうかしたの?」
 訳が分からない、とオカマはかぶりを振った。
 ふん、と鼻を鳴らし、青柳は内心に呟いた。
 これがこのオカマの限界か、と。
「石油や原子力に変わるエネルギー。まさか、それだけに終始する物質を、昼も夜も無く実験を繰り返し、研究を続けると思うか?」
「……分からないわ。未知の物質なら、実験を繰り返し、その結果として、エネルギーしか使い道がない、ってことが発見された、とかじゃなくて?」
「その通りだ。実験の結果として“何かとてつもない使い道”が見つかったら? 歴史を塗り替えるかもしれない発見をしてしまったら? 研究者達は、そんな希望を胸に秘め、研究を重ねていく」
 思う一念岩をも貫く。
 そういった希望や夢が、本当に歴史を動かす。
「そこに何かがあると信じることで、本当に“何か”を作り出してしまう。そうして確立した新しい技術は……いずれ、我が社とぶつかり合うだろう」
「青柳会長は、ジャピタロンの研究は?」
「残念ながら、我が社にはジャピタロンのコネがない。既に出遅れているしな……。しかし、だ。ここで諦めるわけにはいかない」
「どうするつもりなの?」
「平たく言えば、ヤマシロをもう一度、戦場にするのだよ」
 青柳が事も無げにそう言うと、オカマは絶句した。
 返す言葉を無くしたオカマに、青柳は言う。
「KAMUIグループの研究開発部門は、総力を挙げて“とあるモノ”の研究に明け暮れてもらっている。その成果も出来上がりつつある」
「それが、どうして、ヤマシロを火の海にすることとに繋がるのよ……っ!?」
 オカマの声は悲鳴に似ていた。
 青柳は答える。
「ジャピタロン採掘基地の防衛には、不確定要素の多い新型の技術より、従来の技術を応用した武器の方が、実用的だし好まれる。そんな場所では、我々が開発している新型の技術をテストできないからだ」
「あなたの言う“新技術”をテストしたいがために……ヤマシロをまた、戦場にすると言うの……?」
「ああ」
「……信じられない」
「どうかな? ジャピタロンが気にくわないからといって、ジャピタロンの採掘基地を爆撃しないだけ、未来のある選択をしている、とは考えられないか?」
「未来ある若者の命はどうでも言いっていうのッ!?」
 オカマの吠え声を「天秤に掛ければ、そうなるな」と青柳は一蹴した。
 ばんっ、と机を叩き、オカマは立ち上がった。
「……もう良いわ。話し合いで解決できれば、それも良し、と思ってたんだけど……甘かったわね。もう限界よ」
「どうするつもりだ?」
 尋ねてから、ふと気付く。
 オカマの顎には絆創膏が貼られていた。
 顎を怪我でもしているのだろうか、と青柳が考えた時だった。
 オカマの「一機っ!」という叫びに呼応するかのように、窓が蹴破られた。
 中央地区を一望できる巨大な窓を足の裏で破壊して、五人の男が乱入してきた。
 ビルの屋上からロープで降下し、部屋に押し入ってきたのだろう。闖入者達はそれぞれ、ケブラー製のボディアーマーにサブマシンガンという出で立ちだった。
 太股に目を向ければ、そこには拳銃の収まったホルスターがあった。ウェストポーチには予備の弾倉が入っているし、手榴弾も吊るされている。
 充実した装備を見る限り、とても武器に困窮し、活動に不自由さすら感じていたゲリラ連中だとは思えない。
 黒川商会が武器を提供していたか? いや、あの弱腰の集団は、このきわどい時期に、青柳のゴーサイン無しに武器の卸売りをしたとは思えない。
 となると、あれは……陸部の装備。それも、J‐SOFのものだろう。
 日本軍陸上部隊隷下特殊作戦大隊ことJ‐SOF。陸部の管轄下にありながら、実質、ほぼ独立した組織構造は、緊急事態の即時展開を可能にする機動性を秘めている。少数精鋭とは言え、空部、陸部、海部に並ぶ四つ目の部隊と呼んで遜色ない集団だった。
 そのJ‐SOF出身者である西園寺厳蔵がバックに控えているのだから、装備一式をちょろまかすくらいどうということはない、ということか。
 あるいは、人員その物を動員しているかもしれない。案外、窓を蹴破ったのはゲリラではなく、本物のJ‐SOFかもしれない、と青柳は考えた。
 軽機関銃の銃口をひたとこちらに据えて、五人の男がゆっくりと青柳を取り囲んでいく。
 また、不意に部屋の外が騒がしくなった。
 ズガン、という轟音が炸裂し、出入り口のドアが木っ端微塵に吹き飛んだ。どうやら、別動隊が表からやって来たらしい。
 ショットガンで扉を吹っ飛ばしたのだろう。ポンプアクションで排莢と次弾装填を行ないつつ、物々しい集団が部屋に踏み込んできた。
 背広姿が見当たらないということは、法執行機関の介入は無いらしい。
 なら、命の保証はされていない、と考えるべきだろう。青柳の返答次第では、問答無用で撃ち殺されるかもしれないのだから。
 目にありありとした敵意を浮かべているオカマは言う。
「これが、最後通牒よ。投降なさいな、死の商人」
「……これが、そちらの悲願成就、か?」
「ええ、そうよ。妻も子供も失った……。戦いの果てに、仲間も大勢死んだ。その恨み、ここで全て、清算させてもらうわよ」
 周りを見渡せば、ほとんどの男達が、オカマと同じような目をしていた。誰もが、友を、親を、恋人を、家族を、子供を、殺された恨みを抱いている。その悔恨に身を焦がされるような思いをし、今日という日までを生きてきた。
 仇を討つ。その思いを胸に、誰もがここに立っている。
 それが、彼らの満願成就なのだろう。
 ならば……こちらも。
 青柳もまた“満願成就”で応えなければなるまい。
 十六年前。
 “思う一念岩をも貫く”
 空想科学や超能力を夢想し、夢見るだけでは飽きたらず、現実にしようとしたロマンチスト。いや、むしろこう呼ぶべきかもしれない、マッド・サイエンティスト、と。
 狂信的な科学者の手によって始まった研究。
 結果、ロマンチストの思いは半分ほどしか叶わなかったが、それでも夢想家には充分だったらしい。
 青柳の掲げる新技術のプロジェクト。それは、そのロマンチストの研究に端を発している。青柳は、あの科学者ほどは、夢も見ないし、超能力にこだわりはない。あるのはもう少し現実的な運用方法だった。
 上條化成の作る火薬を旧時代の代物としてしまうかもしれず、十一年前はテロを激化させることで、青柳と上條、双方の利益を捻出した。
 今度は違う。
 今度こそは、自分自身の満願成就のために。
 きっと、未来へと続くであろう、素晴らしき科学技術のために。
 なにより、ジャピタロンに対抗するために。
 まずは、この場を生きて脱出する必要があった。
「諦めなさい、もう」
 オカマの言葉に対し、青柳は嗤う。
 諦めるものか。
 諦めなければ、必ず、チャンスはやって来る。



 青柳龍一郎の部屋に、最後に踏み込んだのは霧島栄斗だった。
 正直な話、霧島は青柳の捕縛作戦に乗り気ではなかった。
 西地区に火種を作り続けてきた男。
 その種を摘み取るということ。
 それはつまり……西地区から、ヤマシロから、戦場が消えることを意味している。
 赤羽真澄の、レッドフェザーの、満願成就。
 十一年前のテロを激化させた張本人を捕縛することで果たされるもの。
 赤羽たちの家族を奪われた恨み。
 赤羽たちの仲間を奪われた無念。
 それを、青柳の捕縛によって、浄化する。
 無意味な争いを続けることに疲れた者達の終着点。
 これで、全てが終わる。
 赤羽たちは、それで良いのだろうか?
 ヤマシロの市長は、それで良いのだろうか?
「……良いんだろうな」
 栄斗の呟きに、傍らにいた仲間の男がこちらを一瞥する。しかし、すぐに視線を青柳の方に戻した。
 これで、良いのだろう。
 良いからこそ、赤羽も、西園寺厳蔵も、仲直りをした。
 全て終わる。
 彼らにとっての悪夢が。
 しかし……
 それは“彼ら”にとっての悪夢である。
 むしろ自分にとって……
 平和過ぎる日々こそが、これから始まろうとしている物こそが、悪夢だった。
 戦場にこそ、自分の生き甲斐がある。
 生と死の境目で、反復横跳びをするスリル。
 そのスリルが、栄斗は溜まらなく好きだった。
 平和な世の中に、そんな物はおそらく無い。
 栄斗は改めて自問する。
 “これで良いのか?”と。
 その答えなど、既に決まっている。
 栄斗は一つ、大きく息を吐く。
 決意を胸に、栄斗はホルスターからピストルを抜いた。
 自然な動作にすら思えるほど、栄斗の腕の動きには、違和感が無かった。
 栄斗は安全装置を解除した拳銃を、仲間の側頭部に向ける。
 その段になって、仲間が栄斗の動きに気がついた。
「お、おい……? きりし――」
 バン! と弾けた音に、仲間の声はかき消される。
 仲間の頭に弾痕が穿たれたのを確認すらせず、栄斗は次の“仲間”の頭を狙う。
 躊躇なく、栄斗は引き金を絞る。
 バン!
 二人目の頭も弾け飛ぶ。
 バン!
「なっ、何してん――」
 バン!
 振り返って、ショットガンを構えようとした男の頭を正確に撃ち抜く。
 部屋に表から押し入った連中全員を始末した栄斗は、部屋の奥へと突き進む。
 すると、部屋の奥で動きがあった。
 青柳はテーブルを蹴り飛ばし、赤羽との間に壁を作る。赤羽とゲリラを牽制しつつ、手近にいたゲリラの一人の腕を無造作に掴んだ。
 ゲリラの重心を巧に崩し、ショルダーストラップで体に引っかけてあるサブマシンガンを手に取る。そのままショルダーストラップをゲリラの首筋に回し、青柳はゲリラの背後に回る。
 頸動脈の血流を止められたのだろう。意識を失ったゲリラの太股から拳銃を抜き取った青柳は、ゲリラの体を床に引き倒した。
 青柳は動きを止めず、身を屈めて重厚な文机の影へと飛び込んだ。一機たちが青柳を狙ってサブマシンガンを撃ち散らしたが、青柳には命中しなかった。
「どういうつもりよ、栄斗!?」
 目を血走らせた赤羽が、栄斗の急所を狙って拳銃を構える。
 しかし、構うつもりはない。
 栄斗は体を低くして、赤羽の足下に飛び込んだ。
 スライディングタックルを決めてやると、赤羽の体が床に倒れる。栄斗と赤羽は一緒くたになって、床を転がった。
 赤羽の体の上に馬乗りになった栄斗は、赤羽の手から拳銃をもぎ取った。
 それをどこかに放ると、赤羽の首筋に栄斗は銃口を突き付ける。
「どうもこうもねぇよ。お前等には、ハッピーエンドでも、俺様にはバッドエンドなんだよ。それが気に入らねぇだけだ」
 再度、銃声が炸裂する。
 両袖のデスクから様子を覗いつつ、青柳が拳銃を撃つ。
 残っているゲリラは一機を含め、三人。その三人は咄嗟に床に伏せる。
 栄斗は赤羽の頭に拳銃の銃把を叩きつける。赤羽が気絶したのを確認すると、栄斗は立ち上がった。
 床に伏せているゲリラの一人に、栄斗は銃口を向ける。
 躊躇無くトリガーを絞ると、ゲリラの後頭部に風穴が空いた。
 深紅の絨毯が、質の違う別の赤に染まる。
 別のゲリラがぎょっとして体を跳ね起こす。
 こちらに銃を向けようとゲリラが身構えた。しかし、文机から身を乗り出した青柳によって、背中から撃ち抜かれた。
 力の抜けた上体が床に倒れ伏せる。
 この部屋で意識を残しているのは、青柳、栄斗、そして一機の三人となった。
 栄斗は銃を構えたまま、ゆっくりと一機の足下に近寄る。うつ伏せになっている一機の背中に足を乗せた栄斗は言う。
「サブマシンガンから、手ェ放せ」
 一機は逆らわなかった。
 サブマシンガンを床に置き、ゆっくりと後頭部に両手を乗せる。
 ぐっと体重をかけ、栄斗は一機の動きを封じつつ、さらに首筋に拳銃をあてがった。
 また、栄斗は空いている方の手で、一機が使っていたサブマシンガンから、マガジンを抜く。レバーを操作し、薬室の中の銃弾も抜いておいた。
 それから一機に言う。
「どうした、一機? お前らしくもねぇ。敵は一人、こっちは多勢。それだけで油断しちまうほど、お前はマヌケじゃねぇ、って思ってたんだがな?」
「何故だ?」
 くぐもった呻き声で、一機が訊き返してきた。「何故、俺達を裏切った?」
「そういう発想がナンセンスだって気付けよ、いい加減」
 そう言いつつ、栄斗はピストルを握る手を振り上げた。
「俺様は、戦闘ってヤツが大好きなんだよ。わくわくすんだよ、ぞくぞくすんだよ。強いヤツと真剣勝負で、命のやり取りをする瞬間が、どうしようもなく大好きなんだよ。戦場こそが、俺様の生きる場所であり、死ぬ場所なんだ。それを取り上げようって言い出すバカは……」
 刹那、栄斗は拳銃ごと拳を振り下ろす。
「お仕置きだぜェ」
 ごつっ、という音が響く。
 頭を強打されたことで、一機の体から力が抜けた。
 気を失った一機に、栄斗は語る。
「ヤマシロに平和など、来させねぇ……。聞こえてなくても、脳みそに刻んどけ、ターコ」



「検問だ! 急げ!」
「非番? 知るか、呼び戻せ! キンパイ(緊急配備)なんだ!」
「全捜査員に拳銃携帯命令が出ている、繰り返す、拳銃携帯“命令”が出ている」
「犯人は民間人五名を射殺し、現在も逃走中」
「違う! そっちは別件だ! 銃を持っているのは霧島栄斗! そう、そうだ!」
 怒号が飛び交っていた。
 ヤマシロ東地区にヤマシロ市警本部がある。そこの会議室で、電話や無線機にがなり立てている捜査員の喧噪が、隣りの部屋にまで聞こえてくる。
 市警本部長の部屋に、西園寺厳蔵はいた。
 この部屋には市警本部長の水戸清一郎(みと せいいちろう)と、J‐SOFの隊司令である六木本規夫(むぎもと のりお)がいた。
 白百合学園でのテロ以来、厳蔵への風当たりは強い。そんな中でも、厳蔵に味方をしてくれているのが、水戸だった。
 また、六木本は、厳蔵がJ‐SOFの総司令官をしていた頃、中隊の隊員だった。その頃からの付き合いなので、六木本は今でも厳蔵のことを大佐と呼び、厳蔵のことを信望してくれている。
 しかし、隣りから聞こえてくる喧噪に、六木本は渋い顔をしていた。
「……やはり、逃げられたようですね」
 六木本の言葉の裏には「どうして自分たち、J‐SOFを使わなかったのか」という批難が込められていた。
「何も我々じゃなくても良い」
 六木本はちらりと水戸の方に目を向けてから「JBIに通達すれば、法執行機関の対テロ部隊だって使えたはずでしょう。それを、何故、青柳の逮捕にゲリラなどを……」
「不測の事態だった」
 厳蔵は弁明してみた。「だが、そうだな……予測して然るべきだったことは、認めよう」
「もうその辺にしておかないか、隊長殿」
 厳蔵と六木本の間に、水戸が割ってはいる。
「市長は、充分に考えたさ。考えて、こうなる可能性があることを理解した上で、彼ら、レッドフェザーに任せたのさ」
「治安を維持する立場の人間の言葉だとは思えませんが……」
 六木本がジロと水戸を見据える。しかし、それを風のように受け流し、水戸は言い返す。
「武士の情けを理解できない人間は、野暮だと思われるぞ」
「これは遊びじゃないんですよ?」
 敬語を使ってはいるが、六木本の声には怒気が孕んでいた。
 気がささくれ立つのも当然か、と厳蔵は思う。
 六木本規夫の一人息子、六木本劾。劾の命を奪ったのがレッドフェザーだったことを思えば、レッドフェザーと手を取り合うという状況を快く思っているはずがない。
「本部長!」
 息せき切って、一人の背広姿が部屋に飛び込んできた。入ってきた男に目を向けた水戸は「なんだ?」と尋ねる。
「逃走中の、霧島栄斗、青柳龍一郎の両名の指名手配、完了しました」
「霧島は殺人犯だから分かるが」
 厳蔵が捜査員に話しかける。「青柳の罪状はどうするんだ?」
 すると、捜査員ではなく水戸が答えた。
「犯行現場から逃走したんですよ。参考人で引っ張るには充分でしょう」
 一度言葉を切り、水戸は厳蔵に近寄る。
 そして、厳蔵にだけ聞こえる声で言う。
「……引っ張ってしまえば、後はこっちのもんです」
 こっちのもの……。
 十一年前に西地区で起こったテロ。その件を問い詰める用意はできている。こちらのテリトリーに引っ張り込めば、全てを清算できる算段は整っている。
 厳蔵は水戸に頷いた。
 水戸は捜査員に言う。
「何としても、二人を見つけ出せ!」
「はっ!」
 威勢の良い返事を残し、捜査員は部屋から出て行った。
 その捜査員の背中を恨めしげに睨みつつ、六木本が口を開く。
「……これじゃ、自分たちは邪魔者だな」
 自分たち、とは陸部から出向してきたJ‐SOF512のことだろう。六木本はその部隊の隊長をしている。
 六木本は厳蔵の方に首を向ける。
「大佐。陸部一個小隊の装備を揃えて欲しいと言われ、それをここに運び込んで……それで、自分たちはもう、お役ご免なんですか?」
 厳蔵は答える。
「今は待機だ。人質を抱え、どこかに立てこもられれば……市警ではどうしようもないし、JBIの対テロ部隊に連絡したところで間に合わない。今は、待つ時だよ、少佐」
 六木本だって、そんなことは重々、承知しているにちがいない。
 しかし、感情を抑えつけるのに大変なのだろう。
 息子を奪われた者の恨み。
 それは、おそらくレッドフェザーの赤羽も同じ。
 そういえば、赤羽の子供は男の子だったか、女の子だったか?
 それを思えば、自分は子供というものに恵まれたほうなのだろう。
 息子が一人、娘が一人。
 推薦の話が流れてしまったとはいえ、それでも大学に行くという選択をしてくれた美咲はまだ良い。高校卒業と同時、家を飛び出して海部の航空隊へと所属することとなったバカ息子。
 親として、そんな職を選択したことは、どちらかと言えば気に入らない。だが、それは特殊部隊の隊員として生きてきた自分も同じであり、自分の親も、同じことを考えていたのだろうな、ということを、今度は自分が親になってから初めて気がついた。
 息子の選んだ人生なのだから、最大限に尊重してやりたいと思うのも親心なら、もし息子が空中戦で撃墜されようものなら、撃墜した人間をこの手で殺してやりたいと思ってしまうのも親心。子を持つ身だからこそ、子を失う辛さが理解できるというものだし、赤羽や六木本の気持ちも痛いほどによく分かる。
 いがみ合うのではなく、赤羽と六木本には幼い命、若い命のために、手を取りあう努力や、歩み寄る努力をして欲しい、と厳蔵は一人の人間として思うのであった。