West area

ヤマシロ・ファイト ‐ Scene 2

「本部長!」
 捜査員の一人が息せき切って部屋に飛び込んできた。
「たった今、空部のコナサノ航空基地から連絡がありました。国籍不明の機体が八機、ヤマシロの上空に出現したそうです」
 部屋に残っていた厳蔵と水戸は顔を見合わせた。
 それから水戸は捜査員に尋ねる。
「空部の応援は?」
「コナサノ基地から飛び立っていた四機が、迎撃に来るそうです」
「拠点都市上空で空戦だと……」
 水戸は顔を青くしていた。
 厳蔵は捜査員に尋ねる。
「ヤマシロ都庁と、市民への通達は? 空襲警報はどうなっている?」
「空部から既に連絡が回っているとのことですが……」
「急すぎる話、か……」
 これは、余りにも突発的過ぎる。
 本土上空に戦闘機が出現してから、空襲警報を発令したところで、避難が間に合うはずもない。
 指名手配中の殺人犯二名がヤマシロの市内に潜伏している上に、空からは戦闘機ときた。青柳龍一郎と霧島栄斗、この二人の捜索に加えて、住民の避難誘導をヤマシロ市警にやらせるのは、どう考えても不可能だった。人手が足りなさすぎる。
 青柳の拘束に、J‐SOF512の半数を南地区へと向かわせている。残っている半数に避難誘導の任を負わせたとして、それでもやはり、まだまだ人手が足りないだろう。
 何らかの被害が出てくるのは間違いない。
 しかし、看過できようはずもない。
 厳蔵は水戸に告げる。
「住民の避難誘導が先だろう。青柳と霧島を捜索している捜査員を呼び戻すしかない」
「しかし、それだと二人は……」
 危険人物を野放しにしたままで良いのか、と水戸は目で尋ねてきた。
 厳蔵は反論した。
「市民の安全を確保するほうが先決だ」
「それはそうだが……。しかし、いずれにしても人手が足りんぞ?」
「陸部とJBIに応援を要請するしかない」
 水戸にそう告げると、厳蔵は携帯電話を取りだした。
 携帯を操作しつつ、厳蔵は思う。
 指名手配中の犯人の捜索で、てんやわんやのヤマシロ市警。そこを狙い澄ましたように突っつき、空部の監視網を潜り抜けて、ヤマシロ上空に戦闘機を出現させた。どう足掻いても、何かしらの被害が出てしまうであろう状況を演出し、そしてその“害”によって、“得”をする者。
 考えるまでもない。これは青柳龍一郎の仕業だろう。十一年前に、西地区で起こったテロを激化させた張本人なら、これくらいは平気な顔でやってのけるはずである。
 避難誘導こそ、今は肝心だが……早急に青柳を取り押さえなければいけない。そうしなければ、この悪夢のような出来事は終わらないのだから。



『オレンジ隊、コナサノ基地上空に到着した』
「こちらクラノス1。敵はどうだ? 上がっているか?」
『スクランブルを急いでいるようだが……こちらの方が一歩早かったようだ』
「頭を押さえておけ」
『了解だ。これより、コナサノ基地への攻撃を開始する』
 コナサノ航空基地の空爆へと向かったオレンジ隊との交信を終えた青柳は、ヤマシロ西地区の爆撃へと向かったナルガ隊を呼び出した。
『なんですか?』
「到着したか?」
『ええ。どうやら空襲警報が出たばっかりのようですね。避難はまだ始まってないようです』
 ナルガ隊の指揮官に、青柳は釘を刺す。
「焦るなよ。避難誘導の開始と同時に、爆撃開始だ。開始のタイミングはそちらに任せる」
『了解です』
 ナルガ1との会話を終えた時だった。レーダーに機影が映っていることに、青柳は気がついた。
 自分の所属する隊であるクラノス隊の面々に、青柳は声を掛ける。
「こちら、クラノス1。各機、気付いているな?」
『クラノス2。勿論だ』
『クラノス4。あっちは四機、か』
 コナサノ基地へと向かったオレンジ隊の報告では、スクランブル発進はまだとのことである。
 となると、これは事前に空に上がっていた空部の機体ということだろう。おそらくは演習か何かだったにちがいない。
 青柳は言う。
「制空権はこちらのものだ。うるさいハエは残らず落とせ」
『クラノス2、了解』
『3、了解』
『4、了解した』
 仲間たちの威勢の良い返事に気を良くした青柳は操縦桿を捻り、スロットルを開く。
 俺に着いてこい、と言わんばかりに機体を先行させた青柳は、こちらに向かってくる四つの敵機と正対した。
 向こうの機体は、JF‐21Aだった。すなわち、空部に制式採用されているヤマトウルフである。
 ヤマトウルフは、青柳の操るストライクウルフとほぼ同じ外観をしている。違いを挙げるならば、ストライクウルフが白亜のカラーリングであるのに対し、ヤマトウルフの機体カラーはグレー。
 白と灰の狼は、一瞬にして距離を詰め、そして交差する。
 青柳は機体を反転させる。鋭い機動を見せたストライクウルフは、ヤマトウルフを相手にドッグファイトを開始した。



『ヤマト……ウルフ?』
『いや、似ているが、少し違う』
 ハウンド中隊の黒木中尉の疑問に、白井中尉が言葉を返す。
 二人の会話に、隊長の鏡が混ざる。
『そのようだ、エンジンノズルが一回り大きい』
『墜としますか?』
 黒木が尋ねた。
 鏡は答える。
『ううむ……下はご覧の通りであるわけだし』
 眼下に広がっているのは、ヤマシロの都市であり、住宅街の広がる町並みだった。
 下手に敵機を撃墜し、機体を住民の頭の上へ落っことせば、それだけでも大惨事となる。
『だが、防空レーダーにも映らないような飛び方をしてきた連中だ。どこのどいつかは分らんが……手加減して、追い返せる相手ではなさそうだ』
『どうします、隊長?』
 今度は白井が尋ねた。
『無理に墜とそうとするな、撃退すれば良い……と言いたいが、向こうのほうが数が多い。追っ払うことはできんだろうな』
 卓は操縦桿を倒した。
 機体を反転させ、敵の後ろを取ろうとする。しかし、敵の機動が思いのほか鋭く、後ろを取れなかった。
 宙を舞う白亜の敵を、せめて目だけでも追いかけつつ、卓は無線機に声を吹き込む。
「コナサノ基地からの応援は、どうなります?」
『いずれ来るだろうが……いつになるのかは分らん。だが、状況が状況だ。近いところの基地から順に応援要請は、いってるはず。俺たちは応援が到着するまで、敵に地上を攻撃させないようにすれば良い』
 鏡の声を耳にしつつ、卓は機体を旋回させる。
 敵に地上攻撃をさせないようにするには、絶えず敵の後ろを追いかけ続けなければならない。地上を攻撃しようと、機体の姿勢を安定させた途端、後ろから撃ち抜かれる、というプレッシャーを絶えず与え続けていれば、そうそう敵も地上を攻撃できないはずである。
 しかし、いずれにしても厄介なのは、敵の方が数が多い、ということなのだが。
 単純計算で、一人で二機を相手にしなければならない。一度に二つの敵を追いかけ、なおかつ敵に撃墜のプレッシャーを与え続けるというのは、当然のことながら生易しい話ではない。
 地上に被害を出さないようにするのがベストだが、果たしてその“ベスト”をどこまで尽くせるのか。
 いや、できるできないではない、と卓は自分自身を戒める。やらなければいけないのだ。
 やらなければ、血を流し涙を流すのは、何の罪もない一般人なのだから。
 鏡が言うように、状況が状況である。すぐにでも応援がやって来るはず、ということを信じて、今は、敵の攻撃を封じることに集中する。
 卓はスロットルを握る手に力を篭めた。
 キャノピーの向こうに、縦横無尽に飛び回る機体が見える。
 その内の一つ、白い機体を卓は睨み付けると、卓はスロットルを全開にした。
 アフターバーナーを焚き、卓のヤマトウルフが青空を背景にして猪突していった。



 青柳は鼻歌を歌っていた。
 正規軍だけあって、飛び方に隙は無いし、無駄もない。
 しかし、それだけだな、と青柳は感じた。
 こちらの方が数が多い。それだけでもこちらが有利だと言えるが、こちらの有利が揺るがない点は他にもある。
 正規軍は、むやみやたらと撃墜してくることはないだろう。そして、墜とせる時に確実に墜とし、敵の数を減らさなければ、結局の所、戦況に変化は生じない。
 敵の四機を相手にするのに、こちら側も四機いれば充分。西地区のナルガ隊の手を煩わせる必要もない、と判断した青柳は「教えてやれ」とクラノス隊の面々に語りかける。
「墜とせる時に、敵は墜とすものだ、ということを」
 フットペダルを踏み、ブレーキをかけつつ、操縦桿を左に倒し、そして操縦桿を引っ張る。
 すると、青柳の駆るJF‐21Bは鋭く左旋回する。
 機体の姿勢を地面と平行に戻してから、青柳はレーダーを見る。青柳の旋回に振り回されつつも、一機のヤマトウルフが青柳の後ろについていた。
 青柳は笑みを浮かべる。
 どこまでついてこれるか、試してやろう。
 そう思った青柳は、スロットルを開放する。
 それから操縦桿を前に倒し、機首を下へと向ける。
 高度をぐんぐんと下げていくストライクウルフの後を、ヤマトウルフが追いかけてきた。



「なんだ……? 機体が落ちていく……?」
 ハウンド3のコードを与えられ、白亜の機体を追っていた黒木中尉は、敵が突然落下し始めたことに虚を突かれた。
 しかし、スラスターから勢いよく推進剤を撒き散らす姿は、落下というより驀進といった方が近い。黒木もまた敵を追うべく、機首を下に向けて、スロットルレバーを押し開ける。
 HUD――ヘッドアップディスプレー――越しに敵の姿を捉えつつ、黒木は敵を追いかける。
 敵が不意に機体の姿勢を変化させた。ぐい、と機首を持ち上げたかと思えば、そのまま機体がカーブを描いていく。
 黒木も自分の機体を制御しつつ、敵の向かった先に目を向ける。
「なっ……?」
 思わず、ぎょっとなった。
 敵が向かったのは、ジャングルのようにビルが乱立する中央地区だった。
 しかも、敢えて高度を下げたことで、ビルとビルの隙間を縫うように飛んでいくことになる。
 あんなところに猛スピードで突っ込むつもりか……?
 一歩間違えれば、ビルの壁に正面衝突しかねない場所に、迷いも躊躇いもなく敵は向かっていく。
 そんなヤツと、俺は追いかけっこをしなければならないのか、と思うと肝が冷えてくる。
「……えぇい! どうとでもなれ!」
 しかし、やらないわけにはいかない。気合いを吐き、黒木はスロットルを開いた。
 巨人に蹴っ飛ばされたかのように、黒木の機体が空を走る。
 ここで、引くわけにはいかない。
 鳴り物入りで空部へ転属になった、海部出身のパイロット。
 だが実際は、実戦経験の無いヘタレだった。
 そんな男がすぐ傍にいるのに、後れを取って良いはずがない。
 そんなものは、空部の戦闘機乗りとしてのプライドが許さない。
 だからこそ、ここで引くことなどできない。
 腹を括った黒木は、スピードを出したままビルとビルの谷間に入り込んだ。
「……くっ!」
 すぐに、眼前にビルが現れる。
 フットペダルを踏み込んだ。
 黒木は操縦桿を左に叩きつけ、そして軽く手前に引く。
 矢のような速さで滑空する機体が、ぐるんと横にバレルロールする。機体の姿勢が地面と平行になる頃には、ビルの左側に機体が躍り出ていた。
 レーダーを一瞥し、すぐに視線を前に戻す。
 ビルが邪魔で、敵の姿は目視できないが、レーダーでは捉えている。
 とにかく敵を目視できる範囲に補足する必要がある……と考えていた矢先だった。
 少し前の方で右から左に、何かが横切っていった。
 黒木も機体を左旋回させ、追いかける。
 逃げる敵の機体だった。
 スロットルを開き、黒木は機体を増速させる。
 敵の後ろ姿が、キャノピーの向こうに見える。驚いたことに、エンジンノズルが火を噴いている。
 アフターバーナーを焚いているということだ。
 音速は超えているだろう。
 しかし、それならばこちらもアフターバーナーを使わなければならない。追いつけなければ、敵に睨みを利かせるどころの話ではないのだから。
 スロットルを限界まで押し込み、黒木はアフターバーナーに点火する。
 ずん、という衝撃が来た。
 ショックコーンを撒き散らし、黒木のヤマトウルフが突出する。
 その時だった。
 前方で疾駆する敵機が、機首を上げた。
 機体の腹に空気抵抗を目一杯受けたことで、前を行く敵機の速度が下がった。
 眼前に敵の姿が広がる。
 黒木は思わずフットペダルを力一杯踏み込み、機体に制動をかける。
 しかし、敵はこちらの挙動などお構いなしと言わんばかりに、機体を反転させた。上下逆さまの状態で、機首をこちらに向けてくる。
 そのまま敵機はこちらの上を通り過ぎていった。
「……ま、まさか……!?」
 クルビット……?
 水平飛行をしながら、後ろ向きに宙返りすることの通称である。
 曲芸飛行以外の何物でもない敵機の動きに、黒木は歯噛みした。
 追う立場と追われる立場が一瞬にして逆転してしまうのがドッグファイトだが、こうもあっさりと、それでいて鮮やかに後ろを取られてしまったことに、黒木はパイロットとしての格の違いを見せつけられたような気分になった。
 しかし、悲嘆してばかりもいられない。
 撃墜することに躊躇を覚えているのはおそらく、こちら側だけであり、あちらには躊躇する理由が無い。
 後ろを取られれば、それこそ撃墜されかねない。
 黒木が再びスロットルを押し開けようとしたら、案の定、機体のコンソールが警告音を鳴らし始めた。
 ロックオン・アラートだった。
 後ろに回った敵機が、こちらに狙いを定めている。
 前方に意識を向けると、Y字型の交差点があった。右へ抜けるか、左へ旋回するか。どちらかを選ばなければ、また目の前に別のビルが迫ってくる。
 黒木は操縦桿を捻り倒す。
 バレルロールをかましながら、機体の高度を下げる。そのまま、機体を旋回させ、左右の分かれ道のうち、左側へと機体を飛び込ませる。
 眼下を走る車の形がよく分かるほどの高度だった。
 歩道橋のすぐ上を、機体が通過する。
 エンジンノズルの排気が、その歩道橋の手摺りを炙っていた。
 しかし、敵機を振り切れない。警告音が解除されず、けたたましい音がコクピットに反響する。
「クソッ!」
 黒木は悪態を吐く。
 刹那、その警告音の種類が変わる。
 レーダーに視線を飛ばすと、敵機から分離するマーカーがあった。
 黒木は目を見開く。
「く――」
 操縦桿を捻り上げる。
「そったれぇぇぇぇ!」
 呪詛の声が、ミサイルアラートに混ざって、コクピットの空気を揺るがした。
 衝撃が、黒木もろとも機体を貫いた。



 条件反射で機体を急上昇させたのだろうが、遅きに失した行為、と青柳は嗤った。
 青柳が放ったミサイルは、ヤマトウルフのエンジンノズルへと吸い込まれていった。
 着弾の衝撃で、敵機がきりもみ回転しながら地面へと落ちていく。
 ヤマトウルフは座席において、足の間に緊急脱出用のハンドルを取り付けてある。
 それを引っ張れば、ベイルアウトできるようになっている。それをしなかった――あるいはできなかったと言うべきか――のは、パイロットがパニックを起こしたからだろう。
 エースとしての矜恃は向上心に繋がるため、必要だということはわかる。しかし、その矜恃が時に判断を狂わせたり、頭を真っ白にさせてしまうこともある。
 空に上がるからには、自分もまた撃墜されるかもしれない、ということを念頭に置いておかなければならない。それを頭に入れておかないから、脱出することすらできずに墜とされることになる、と青柳は火だるまになった敵機をちらと一瞥した。
 推進剤に引火したのだろう。地上にぶつかる直前に、ヤマトウルフが爆発した。
 四散した機体の破片が、午前中の中央地区に降り注いでいった。
 地上で逃げ惑う人々が、頭上を見上げて叫んでいる。
 爆散した機体の欠片に押し潰される人の姿は、高速で空を飛ぶストライクウルフの中からでは見えなかった。
 スロットルを平常に戻し、ビルとビルの隙間をすり抜けてから、青柳は無線機に告げる。
「こちら、クラノス1。敵を一機撃墜した」
『ナイスキル!』
『流石だな。腕は衰えていないと見える』
 隊内の男達からの褒め言葉に「ああ、そうらしい」と返しつつ、青柳は尋ねる。
「増援の気配はあるか?」
『今のところは無い。しかし、いつまでもこのままってわけでもないだろう』
 潮時、か。
 青柳はコンソールを操作して、ナルガ隊を呼び出した。
「こちらクラノス1。ナルガ、始めているか?」
『ナルガ1。やっと避難が始まったようです。そろそろ連中の頭の上に――』
 ガガッ、というノイズが混ざった。
「おい、どうした?」
 無線機に尋ねてみるが、返ってくるのはナルガ1の途切れた声と雑音だけだった。
「こちらクラノス1。誰か、応答しろ」
 念のため、クラノス隊やオレンジ隊とも連絡を取ってみる。しかし、応答がないか、ノイズの混ざった声しか無線機からは聞こえてこない。
 考えられるのは電波妨害だが……ということは、敵の増援がやって来たということだろう。
 予想していたよりも速い。
 コナサノ基地は、オレンジ隊が押さえているはずである。そのオレンジ隊を押しのけてやって来るには、いささか速すぎる。
 他の航空基地に増援の要請が出ているとはいえ、それにしても出足が速い。
 いったいどこの誰が?
 しかし、考えたところで仕方がない。
 戦場に不測の事態は付きものなのだから。
 青柳は機体を上昇させ、ビルの隙間から、だだっ広い大空へと向かった。



 ヤマシロ西地区の最奥は海に面しており、臨海地域になっている。
 埋め立て地も広がっており、その埋め立て地と本土を結ぶ鉄橋の下を、船が行き来していた。
 十一年前のテロにおいて標的とされた原発もこの地域にあった。当時は原発といくつかのコンビナートぐらいしか無い、広いだけの土地だったのだが、今では中央地区に次ぐ、コンクリートジャングルと化していた。
 十一年前のテロで、テロリスト達は原発をジャックしたものの、J‐SOFによって取り押さえられている。また、そこから逃げ出したテロリスト達は、埋め立て地ではなく、本土方面へと逃げたため、結果的に西地区の中でも埋め立て地をはじめとして臨海地域は無事なままだった。
 西地区を横断して、臨海地域へと向かうのは、危険だと見なされてきた。というのも、十一年前のテロ以来、活発に活動するようになったゲリラが原因である。
 しかし、中央地区と臨海地域を直通で結ぶモノレールは、当時のテロに巻き込まれることは無かった。そのことが幸いなら、そのモノレールが西地区の中でも比較的治安の安定している箇所を通りすぎるように建設されていたことも幸いだった。西地区の復興がままならなかったのは事実だが、臨海地域だけは、西地区の中でもめざましい発展を遂げていた。
 この辺りは港湾施設にもなっており、いくつものコンテナや、コンビナートが軒を連ねている。
 湾を挟んだ向こう側は、ヤマシロとは別の都市、別の土地となる。そのため、湾の半分はヤマシロの管轄だが、もう半分は向こうの都市の持ち物となる。
 そちら側の湾岸一帯には、海部が抱える港となっていた。そのため、そこには何隻かの護衛艦が停泊している。
 ヤマシロから発信されたSOSは、空部だけに飛ばしたわけではなかったので、当然ながらコナサノ航空基地と並んで直近の基地となるここにも届いている。本来なら、ヤマシロ上空での制空権云々の話に、船乗り集団でしかない海部が乗っかったところで、できることなど何も無いが……今回は少しばかり事情が違っていた。
 外洋にあるジャピタロン採掘基地からの護衛の任を解かれた強襲揚陸艦がたまたま、ここに停泊していたのだった。
 強襲揚陸艦が緊急出航し、慌ただしいながらも、海部航空隊の面々に招集が掛けられた。
 整備士達が機体の準備に右往左往する中、パイロット達もヤマシロに突如として現れた十二機の敵機に目を白黒させていた。
 だが、パイロット達の中には、ヤマシロ出身者もいる。彼らにとって自分たちが過ごした街を火の海に変えられる、というのは度し難いものであった。
 パイロット達はヤマシロの制空権を奪い返し、敵を追い散らすべく、機体に飛び乗ると、カタパルトからスクランブル発進を開始した。
 ヤマシロの臨海地域を航行する強襲揚陸艦から飛び立った彼らは、電子戦機すらも引き連れて、火中のヤマシロへと飛び込んでいった。



『黒木、おい黒木! 応答しろっ!?』
 白井中尉の悲痛な声が、無線機から伝わってくる。
 ヤマシロの中央地区へと向かった敵を追いかけていった黒木は、そのままヤマシロの中央地区で撃ち落とされてしまったらしい。レーダーにも黒木の機影は見当たらなくなった。
『集中しろ、白井! 空戦の真っ直中だろうが!』
 白井を叱りつける鏡隊長の声が木霊する。部下を撃ち落とされて、気が立っているのは鏡も同様らしい。
 敵機と抜きつ抜かれつの攻防を繰り広げながらも、卓はレーダーに複数の機影が映っていることに気がついた。
「隊長、こちらハウンド2」
『どうした?』
「ヤマシロ上空に向かってくる機影があります」
『……その、ようだな。だが、何だこれは?』
 友軍のシグナルを出してはいるが、空部の物ではない。いったい、どこの誰だ、と思っていると、通信機が耳を賑わせた。
『こちら、海部航空隊だ』
『海部? なんでまた、海部がこんなトコに?』
 鏡が尋ねると、相手は答える。
『母艦が近くにいたもんでね。そちらの指揮官は誰だ?』
『ハウンドの隊長は俺だが』
『ハウンドの鏡大尉だな? 噂は聞いている。こちらは海部航空隊所属の杉田だ。部隊長をしている』
『そっちのリーダーはあんたか』
『ああ。緊急事態と聞いて、すっ飛んできた』
『助かる! 敵を追っ払いたいんだ。手を貸して貰うぞ』
 心底、嬉しそうな鏡の声に、杉田と名乗る隊長は『勿論だ』と頼もしい返事をした。
 それから、杉田は言った。
『ヤマシロには知り合いがわんさといるもんでね』
 レーダーを確認すると、新手として現れた海部航空隊は、全部で五機だった。そのうちの一機は、電子戦機であるらしい。
 海部の戦闘機は、次世代機への代替えが決定している。現在、海部で使われている戦闘機は、まだまだ一線を張れるが、それでもヤマトウルフや、敵の白い機体に比べれば見劣りしてしまうのは否めない。
 しかし、ここで四機もの増援は、正直なところかなり有り難いことだった。
 黒木中尉が撃墜されてしまったとはいえ、空部の機体が三機と、海部からの増援で四機いる。
 ヤマシロ上空にいる敵は八機。渡り合えない数ではない。
 それに、電子戦機の導入で、敵は無線機を使えなくなった。明らかに統制を失ったのが、ここからでも見て取れた。
 ここから、巻き返す!
 そう、決意を固めた卓は、手近な敵機目がけて、機体を走らせた。