West area

ヤマシロ・ファイト ‐ Scene 3

 無線を封鎖された上に、向こうに増援がやって来た。
 どうも機体を見る限りでは、海部の航空隊らしい。
 青柳は少しばかり焦りを覚えていた。
 増援でやって来た四機は、西地区へと向かっていった。あれはおそらく、西地区の上空で待機中のナルガ隊を蹴散らしに向かうためだろう。
 爆撃のタイミングは、ナルガ1に任せてあるとは言え、ナルガ隊の面々はクラノス隊やオレンジ隊と違い、腕は良いが若い連中ばかりである。不測の事態に、ヘマをしなければ良いのだが、と青柳は少しばかり心配になった。
 ともかく、自分にできることを一つ一つやっていくしかない。無線封鎖によって意思の疎通ができない以上、仲間を信じるより他はない。
 そう気持ちを切り替えた青柳は、空部の相手をすることに集中する。
 操縦桿とスロットルレバーを目まぐるしく捌き、フットペダルを巧みに踏み換えては、瞬く間に有利なポジションにつく。
 敵はこちらを振り切ろうと、激しく機体を動かしているが、追い詰めるのは時間の問題である。二機目を撃墜できる、という確信を得た青柳は操縦桿についているボタンを親指で押し込もうとした。
 ボタンに親指が触れそうになった瞬間、警告音が鳴り響いた。
「ロックオン……いや、ミサイルアラートか!?」
 レーダーに目を向ければ、自機に向かってくるミサイルがあった。
 敵のヤマトウルフを追いかけるのを一端諦め、青柳は機体を大きく動かすのに専念する。こちらを追尾していたミサイルをかわしきった青柳は、再度レーダーに目を向ける。
 ロックオンアラートは鳴らなかった。それに、敵に後ろを取られたという感覚も無かった。
 これは、いったいどこからの攻撃だ?
 内心に呟くが、ぼんやりと考えていられるほどの暇があるわけではない。
 青柳はもう一度、ヤマトウルフに目を付け、追いかけようとした。
 すると、またもやミサイル接近の警告音がコクピットに響く。
「どこからだ……!?」
 そんな苛立ち混じりの疑問が、青柳の口から漏れた。



 レッドフェザーが活動の拠点としていた西地区のボロビル。
 その屋上で、赤羽が声を張り上げていた。
「しっかり狙いなさいッ! 撃ち落とすのよ!」
 歩兵用携帯型地対空ミサイルを構えたゲリラ達は、それを空に向けていた。
 大空を縦横無尽に駆け回る白亜の機体を狙い澄まし、ゲリラの一人が引き金を絞る。
 燃料のガスが尾を引いて、ミサイルが飛び上がっていく。
 他の仲間達も、次々とミサイルを撃ち上げた。
 空を飛ぶ白い機体の尻に目標を定めたミサイルが、獲物を狙う猛禽のように追いかけていく。
 機体が身を捩る。
 一つ目のミサイルの軌道をかわしたかと思えば、二つ目、三つ目の地対空ミサイルが追いかけていく。
 白亜の機体に乗っているパイロットは気が気でないことだろう。
 地上からのミサイルをかわすことで手一杯だったにちがいない。すかさず、空部のヤマトウルフが、白い機体の後ろについた。
 空部の機体を振り切ろうとして、白い機体が加速する。しかし、一度捉えたものを逃すほど、ヤマトウルフのパイロットは甘くなかった。
 そのまま二機は西へと向かっていく。
 海へ出た途端、空部には遠慮が無くなった。
 ここぞとばかりにヤマトウルフが空対空ミサイルをぶっ放した。敵機のエンジンノズルにミサイルが着弾し、白い機体から黒煙が上がる。
 姿勢を維持できなくなったらしく、きりもみ回転をしながら白い機体が、残骸となって落ちていく。
 主翼をもがれ、鉄くずに変わり果てた機体が海面に叩きつけられた。
「よっしゃ、一機やったぞ!」
 ゲリラ達が歓喜の声をあげる。
 赤羽も口の端を不適に歪めて「ガンガンやりなさい!」と言ってやる。
 元々は、市長官舎などへの襲撃をする時に、使うつもりの重火器として用意していたものが、まさか地上から空を狙うための砲台として使うことになろうとは。
 西地区では避難誘導が始まったばかりだが、その手の誘導が必要になるのは西地区の中でも北側の地域である。南側の地域は十一年前のテロによって壊滅していたり、赤羽たちのようなゲリラグループが活動拠点としていたこともあって、居住人口が元々少なかった。
 今頃、西地区の北側は、上を下への大騒ぎになっているだろう。
 しかし、元からゲリラが蔓延っている西地区の南側は、いくらか静かなものだった。
 西地区の南側の道路ならば普通に使うことができるのも、赤羽たちにとっては好都合だった。
 赤羽は顎の絆創膏を意識しつつ、言う。
「一機、聞こえてる?」
 東条一機を呼び出すと『なんだ?』と応答があった。
「こっちは一匹墜としたわよ」
『ああ、そのようだな』
 レッドフェザーの他の面々は今頃、西地区の道路を四輪駆動車で疾走している。屋根のない荷台から、地対空ミサイルのスコープで空を見上げていることだろう。
『海部から応援が来たらしいな、海部の戦闘機がいるぞ』
 高揚しているらしい。一機の声はいくらか弾んでいた。
 感情が前面に出ることがあまりないこの男にしては珍しい、とは思いつつも、赤羽自身もアドレナリンの苦みが口の中に広がるのを感じていた。
「ガルマンからの報告なんだけど、特殊部隊が南地区に乗り込んだらしいわ」
『へぇ? で?』
「青柳を取り押さえるつもりだったらしいんだけど、青柳は南地区にはいなかった。自分の城に籠もらず、青柳はどこにいったのかしらねぇ?」
 その答えを、赤羽は既に知っている。しかし、敢えて知らないフリをして、一機に尋ねてみる。
『そして、ヤマシロの上空に、突然、戦闘機が現れた。空部のレーダーが壊れていたわけでもないことを思えば……なるほどな』
「そういうこと。南地区のどこかに、カタパルトでもあるんでしょうね。そこからヤマシロの空に飛び上がったんだと思うの」
『ということは、青柳も空か?』
「南地区にいなかった、となるとおそらく、そうよ。それに、ガルマンの話だと、青柳は昔、空部にいたこともあるんだと」
『……なるほど。赤羽』
「なによ?」
『白いヤツを木っ端微塵にしてやろう』
 そう言った一機の声には、珍しく熱が入っていた。
 仇を討つことに歳月と心血を注いできた身には、ついに巡ってきたチャンスなのだから、赤羽の返事は簡潔だった。
「勿論よっ!」
 赤羽もまた、地対空ミサイルを肩に担ぎ、スコープで敵機を照準する。
 ビー! というロックオン完了のブザーを聞いた赤羽は「食らえやッ!」という声を発し、トリガーを引いた。
 思いを乗せたミサイルが、撃ち上がった。



『よっしゃぁ! 一矢報いてやったぜ!』
『よくやった、白井!』
『グッドキル!』
 航空機を駆るパイロットたちの弾んだ声が聞こえてくる。
『海部の連中、聞こえてるか? 本土の上空で墜とすのはタブーだが、海の上なら構わんぞ!』
『了解した、ハウンド1。海の上は俺達の縄張りだ。そこに追い込んだ後は、好きにやらせてもらうぞ』
 東条一機は四トントラックの荷台で、空部や海部の無線を聞くとも無しに聞いていた。
 正規軍として、海賊を討伐している海部航空隊の操縦技量は、飛び抜けていると言って良い。荒くれ者を討伐しているのだから、戦技飛行も曲芸飛行もお手の物だろうし、現役ばりばりなのだから、ガッツも違う。
 機体性能は、敵の白いヤツのほうが上だろうが、パイロットとしての力量なら、海部航空隊の方が上だった。
 西地区上空で、何やら様子を覗っているらしい四機の敵と、海部がぶつかれば、敵の方が不利に思えた。押しつ押されつの攻防を繰り広げているうちに、白い機体は海へと押し出されてしまうだろう。
 海にさえ押し出せば、下の状況をあまり気にせずに機体を撃墜することができる。
 厄介なのは、ヤマシロ上空を飛び回っている方の敵だった。一機を海に押し出して墜としたとは言え、まだ三機残っている。
 ガルマンの話では、十二人の敵パイロットのうち約半数が、青柳が空部にいた頃に同じ部隊に所属していたとのことである。詳しいところを調べている余裕は、ガルマンにも無かったらしいが、なんでも腕っこきのパイロット達だとか。
 それを、実戦経験に乏しい空部連中で巻き返せるのかどうか。
 それに、コナサノ航空基地に向かっている四機が、ヤマシロ上空に戻ってこないとも限らない。
 海部の増援は喜ばしい限りだが、制空権を奪い返す目算は今のところない。
 地上からの支援次第、ということである。敵を追い払うにしても、更なる増援の時間稼ぎにしても。
 一機は通信機を引っ掴むと、運転席に座る仲間に言った。
「予定変更だ」
『変更? どうするんです?』
「俺達は、臨海地域に出るぞ。湾岸線に向かってくれ」
 湾岸線とは、臨海地域へと続く自動車道の通称である。
『そりゃ構いませんが……そんなところに出て、どうするんです?』
「海部の支援だ。敵を海の方へ押し出してもらいさえすれば、後は俺達が墜とす」
 そして海部航空隊には、ヤマシロ上空で制空権を巡って火花を散らしている空部の応援に向かってもらう。こうすれば、敵を撃墜するのに使うミサイルや機銃の弾を少しでも節約できるはずである。
 一機は、荷台に備え付けてあるコンソールを弄る。通信相手を赤羽に変えてから、無線機に尋ねる。
「構わないな、赤羽?」
『良いけど……湾岸線の状況って、どうなってるの?』
 避難誘導で、湾岸線が麻痺しているかもしれない、と赤羽は言っているのだろう。確かに、湾岸線で立ち往生を食らえば、敵機の撃墜どころではないのは確かである。
「ヤマシロ市警の無線を傍受した。西地区北側の住民の避難は、中央地区や北地区の方向だ。逆方向の臨海地域へは向かっていない」
『でも、交通規制は始まっているんでしょう? 湾岸線って渋滞してるんじゃないの?』
「どうやら役所ってところが珍しく迅速な対応をしたらしい。湾岸線の入り口を素早く封鎖したから、湾岸線に一般車は入り込めなくなっている」
『じゃ、橋の上は?』
「もぬけの殻のハズ」
 地上からミサイルを撃ち上げるのに、絶好のポジションと言える。湾岸線の高架の上を使わないという手はない。
 すると、どうやら、赤羽もその気になったらしい。
『良い考えかもしれないわね……。とりあえず、一機、あなたは現地に向かって良いわ。追加で、車両部隊をそっちに回すから』
「分かった」
 赤羽との交信を終えた時だった。
 カーブに差し掛かり、トラックは道を左に折れる。
 湾岸線の入り口は目の前だった。
 ヤマシロ市警のパトカーが、入り口を封鎖している。
 レッドフェザーは独自に行動をしている。そのため、入り口を封鎖している市警連中と事前の“やり取り”など、あるはずがない。
 このまま市警のバリケードに突っ込むしかない。
『良いんですね?』
 運転席から確認の声が聞こえた。
 一機は決然とした声で言い切る。
「突っ込め!」
 一機の声に呼応し、トラックは加速する。



『……良いんですねっ!?』
 幾分か逼迫した運転手の声音に、一機は「構うな!」とこちらも逼迫した声を返事とした。
 バリケードといっても、完全ではない。湾岸線へと続く大通りを塞ぐように、パトカーを駐車してあったのだが、市警が抱えている車両台数にも限度はある。
 パトカーの傍に市警の人間が散らばっていただけで、その気になれば車一台がすり抜けることができるくらいの隙間はある。その隙間目がけて猛スピードで突進していったトラックを目の当たりにした制服警官たちは、蜘蛛の子を散らした有様だった。
 こうして、一機の乗るトラックは湾岸線の入り口を通過したわけである。
 湾岸線の封鎖で手一杯のはずの警官たちに、パトカーで一機たちを追いかけてくることができるほどの余裕はない、と一機は思ったのだが、ここで一つ、誤算が発生した。
 封鎖中の湾岸線を、湾岸高速機動隊――鬼の湾機という異名を持つ――がパトロールしており、そのパトロール中の湾機の鼻先で、一機達のトラックが湾岸線に乗り入れてしまったのだから、これは不幸だと呼ばざるをえなかった。
 威風堂々とした白と黒のボディに、赤色灯を点滅させ、サイレン全開でこちらを追いかけてくる二つのパトカーは、追われる側の人間に形容しがたい威圧感を与えてくる。
『そこのトラック! 湾岸線は封鎖中だ、直ちに停車せよ!』
 敬語を使っているが、パトカー乗員の声は高圧的だった。止まらなければ、無理矢理にでも止めてやる、という気骨が声の底に感じられる。
『おい、聞こえてるのか? 止まれ!』
 拡声器から、湾機隊員の声が飛んでくる。
『どうします? これじゃ、上の敵を墜とすどころじゃないですぜ?』
 アクセルを目一杯踏み込みつつ、運転席に座る男が一機に訊いてきた。
 封鎖中の高速道路なので、湾岸線には一機たちのトラックと、湾機所属のパトカーしかいない。前に車がいないのだから、トラックは飛ばしに飛ばしている。既にスピードは時速百五十キロを超えているかもしれない。
 それを追いかけようとしている二台のパトカーも、こちらのトラックと同じくらいのスピードを出していることだろう。
 いずれにしても、止まるに止まれないことだけは確かである。
 このままでは、湾岸線から臨海地域の埋め立て地に到着し、そのまま臨海地域を通り過ぎて、ヤマシロの隣の都市へと跨がってしまうことになる。そうなればミサイルを撃ち上げるどころの話ではなくなってくる。
 トラックの荷台の扉を開け、後ろをついてくるパトカーを攻撃するか? ちらと考えるが、パトカーを攻撃できるような武器がない。
 地対空ミサイルがあるにはあるし、パトカー相手に使えないわけではない。しかし、この至近距離で、ましてや高速移動中の車中から、こんなものをぶっ放してしまえば、パトカーどころか、こちら側も無事では済まなそうである。
 突撃銃の類を持ち込んでおくんだった、と一機は後悔していた。
 為す術無し、か……と思った一機は、運転席の男に「とりあえず、走り続けろ!」と答えておいた。



「……あいつだな」
 ストライクウルフのコクピットで、青柳は呟いた。
 はるか遠方から、作戦空域の全体をカバーできるほどの電波妨害ができれば理想であるが、それを可能にする電子戦機は今のところない。
 すなわち、電波妨害が発生しているということは、近くに電子戦機がいるということである。
 地上から執拗に撃ち上げられる対空ミサイルをかわしつつ、ヤマトウルフの機動をあしらいつつ、青柳は目を懲らして電子戦機を探した。
 すると、電子戦機を青柳は見つけたのである。
 電子戦機は電波妨害に特化している。そのため、制空戦闘機ほど運動性能が良くはない。
 逆に言えば、ドッグファイトには滅法弱いのが電子戦機だということだ。
 例外も無いわけではないが、いずれにしても、一対一の格闘戦で、青柳は負ける気がしない。電子戦機の後ろに回り込んだ青柳は、操縦桿のボタンを押した。
 ストライクウルフの兵器庫から放たれたミサイルが、電子戦機に突き刺さり、そして爆発する。
 大破炎上する電子戦機は、飛行を続けることができなくなった。
 弧を描き、電子戦機が落ちていく。
 電子戦機の落下する先には、湾岸線の高架が待ち受けていた。
 青柳は機体を反転させ、ヤマシロ上空の制空戦闘に戻っていった。



 炎に包まれた機体が、降ってきた。
 一機たちを乗せたトラックの運転手は、アクセルを踏んだまま口をぽかんと開けた。
 慌ててハンドルを捻り、運転手は機体の残骸と衝突するのを避ける。
 タイヤによる路面を擦る音が、騒々しく響いた。
 急に尻を振ったことで、トラックのバランスが崩れそうになる。運転手はがむしゃらにハンドルを制御した。
 スリップしつつも、トラックのタイヤが地面を蹴り、前へと突き進む。車体がバランスを取り戻したのは、運転手が神懸かっていたというよりは、ほとんど奇跡に近かった。
 だが、奇跡に恵まれたのはトラックだけだった。
 トラックが不意に、その巨体をどけたことで、後ろを追随していた湾機隊員は、火玉と化した電子戦機をまともに視界に捉えることとなった。
 ブレーキを踏むことも、ハンドルを切ることも、アクセルを吹かして下を潜り抜けることもできず、湾機のパトカーは空から落っこちてきた電子戦機に押し潰された。
 少し後ろを走っていた二台目のパトカーは、ブレーキを踏むくらいの余裕はあった。しかし、スピードの出ていた車が、そうも簡単に止まれるはずがなく、畢竟、二台目のパトカーは電子戦機に押し潰された一台目の尻に突っ込んでいた。
 ドッグファイトの残滓が、高速道路でのバトルに終止符を打った。



 結果的に、湾機のパトカーを撒くことに成功したトラックは、湾岸線の路上に駐車した。
 車が動きを止めると、荷台からゲリラ達が飛び降りてきた。
 地対空ミサイルの準備を手早く済ませ、スコープで空を見上げる。すると、海部が西地区の上空にいた敵の白い戦闘機を、海へと押し出したところだった。
 一機は周囲の人間に言い放つ。
「今だ、撃て!」
 一機の号令に反応し、ゲリラ達は一斉にトリガーを引き込む。
 バシュウ! という発射音を残響させ、数発のミサイルが空へと舞い上がった。
 その内のいくつかが、白い戦闘機の排気熱を感知した。熱源をセンサーで捉えた後は、白い戦闘機をミサイルが追尾していく。
 ミサイルに追われている戦闘機を、確実に墜とす。一機は、次弾装填の終わった者に「追われているヤツを優先して狙え!」と指示を飛ばした。



『くっそ! 振り切れねぇッ!』
『角度がある、かわしきれ!』
『……無理だ! くッ……』
 呻き声に続いて、ズドンという衝撃音が無線機に木霊する。
『こちらナルガ3! 被弾した!』
『無事か? 作戦は続行できるか?』
『不可能だ、エンジンが煙、上げてやがる』
『仕方ない、脱出し――』
 ナルガの二番機を操るパイロットの声が不意に途切れた。
『どうした、ナルガ2?』
 ナルガ1が二番機に声を掛ける。しかし、二番機からの応答はない。
 青柳はレーダーを見る。
 ナルガ2の反応が消えていた。どうやら撃墜されたらしい。
 電子戦機を撃墜したことで、無線が復活した。これで少しは状況が好転するか、と思えば、聞こえてくるのはどれもこれも悪い知らせばかりであった。
 既にクラノス4も墜とされていた。
 ナルガの二番機が撃墜されてしまい、ナルガ3も作戦続行は不可能となった。
 クラノス隊は三機、ナルガ隊は二機残っている。
 こちらは、空部を一機、海部を一機ずつ墜としたが、海部の一機は電子戦機である。電子戦機を撃墜したとは言え、それは状況を五分五分に戻しただけであり、優位に立ったとは言い難い。
 コナサノ航空基地の空爆に向かったオレンジ隊を戻すしかない。そう思った青柳はコンソールを操作し、オレンジ1を呼び出そうとした。
 その途端、コクピットにミサイルアラートが鳴り響いた。
 青柳は舌打ちする。
「仲間と連絡を取り合うこともできんのか……!」
 このままではマズイことになる。
 ナルガ隊の相手をしているのが、猛者揃いの海部航空隊なのだ。腕は良いが、老獪さに欠けるナルガの面々では、いとも容易く海部連中に出し抜かれて窮地に陥っている。
 ナルガ隊が全滅するのも時間の問題だと言えた。
 ミサイルの飛行軌道から、機体を外し、ミサイルをかわしきった時だった。
 青柳の目に、湾岸線で地対空ミサイルを構えている一団の姿が映り込んだ。
「なるほど、あいつらか……」
 不意打ちのようなミサイルアラートは、全て下からの攻撃だったわけである。
 実際に命中するかどうかはともかく、牽制にはなるであろう地上からの攻撃は、パイロット達に気を揉ませる要因となる。クラノスの四番機も、地上からのミサイル攻撃に気を取られ、ヤマトウルフに後ろを取られる結果になったのだ。
 あいつ等を叩いておけば、戦局がかわる。
 そう思った青柳は、操縦桿を前に倒した。
 機首を下げたストライクウルフが、自由落下に身を任せて速度を上げる。
 そこに、スロットルを押し開けることで、推進剤をエンジンへと流し込んだ。
 景色が前から後ろへ、高速で流れていく。
 青柳は武器セレクターから、対地ミサイルを選び出す。
 機体下部の兵器庫が開き、そこから対地ミサイルを射出した。
 橋に向かって一直線にミサイルが飛んでいく。
 その後を追うようにして、青柳は機体を突っ込ませた。
 橋の上に陣取っていた連中は、慌てて逃げようとした。しかし、生身の足で、ミサイルの飛来から逃げ切れるはずもない。
 対地ミサイルが橋の上に着弾し、橋の上にいた人間達を爆風で吹っ飛ばすのと、ほぼ同時のタイミングで、青柳のストライクウルフは橋の下を凄まじいスピードのまま潜り抜けた。
 海面すれすれにまで機体を降下させたが、青柳は海に機体を接触させることなく、ふわりと機体を上昇させる。
 ミサイルが爆発した地点を見やりつつ、機体を反転させる。
 橋の上から吹き飛ばされたトラックが、海へと放り込まれていた。
 トラックが海面に触れたとき、水柱が高く迸った。
 機体を翻し、黒煙に包まれた高架道路の上を通り過ぎようとした時だった。
 黒煙を引き裂いて、地対空ミサイルが飛んできた。
 ミサイル接近の警告音が、コクピットの空気を揺さぶった。
 青柳は目を見開いた。
「馬鹿な……!」
 対地攻撃による爆風は、トラックすらも吹き飛ばした。それなのに、生きていたヤツがいたというのか? ましてや、即座に反撃することができたというのか?
 予想外の反撃だった。
 青柳は回避運動に入ろうとしたが、少し遅かった。
 執拗に追いかけてくるミサイルを振り切れず、ストライクウルフにミサイルが直撃する。
 着弾の衝撃で、機体の姿勢が崩れた。
「くっ……!」
 モニターに視線を飛ばし、被害状況をチェックする。被弾したのは、エンジンノズルではなく、尾翼だった。
 支障はあるが、まだ飛べる。
 やれる――と思った次の瞬間だった。
 キャノピーの向こうに、海面が迫っていた。
 青柳は脊髄反射で操縦桿を引っ張った。
 しかし、機体の上昇と下降には尾翼を使う。その尾翼が壊れているのだから、機首を上げることができなかった。
 青柳の顔から血の気が引いた。
 青柳は股の前にある緊急脱出用のレバーを力一杯引っ張った。
 キャノピーが吹き飛ばされる。
 海面が数メートル先にまで迫ってくる。
 座席が打ち出された時、機体が着水する。
 高速で海に突っ込んだ機体は、二度、三度と海面をバウンドする。
 射出された座席が、真上に打ち出されたのなら、青柳は無事だった。
 しかし、機首方向から墜落していたため、青柳を乗せた座席は、前方へと打ち出されてしまった。
 パラシュートが開く間もなく、青柳は座席もろとも海面に叩きつけられた。



『敵機をさらに撃墜!』
『こちらも一機墜としたぞ!』
『いけいけっ! そこだっ!』
 無線傍受機から、海部航空隊の威勢の良い声が響いてくる。
 ヤマシロ上空にいた白い戦闘機は――コナサノ基地へ向かった連中を別にすれば――全部で八機いた。
 そのうち、五機を撃墜し、一機が被弾により離脱している。
 残った二機は、戦局の不利を悟ったらしく、離脱を余儀なくされていた。
 ヤマシロの制空権を、完全に奪い返した。
 湾岸線では、あちこちで黒い煙が立ち上っている。
 他にも中央地区に、火だるまになったヤマトウルフが幹線道路に墜落したらしいが、ここからでは見えなかった。
 湾岸線に対地ミサイルを撃ち落としてきた白い戦闘機。その戦闘機を、煙の立ち籠める場所から対空ミサイルで撃墜にまで追い込んだのは、東条一機だった。
 トラックの影にいたため、対地ミサイルによる爆風を逃れ、咄嗟に身を伏せたことで、海に落ちようとするトラックに巻き込まれることもなかった。
 無線傍受機から漏れてくる声を聞くともなしに聞いていると、耳元に仕込んである通信装置から赤羽の声が聞こえてきた。
『一機、聞こえてる?』
 一機は高架道路の外壁に背中を預けたまま「ああ」と答えた。
 周囲を見渡せば、倒れている仲間達の姿があった。気を失っている者もいたし、既に命のない者もいた。爆風にあおられて、海に落ちた者もいたかもしれない。
 いずれにしても、一機にしてやれることはなかった。応急手当をするためのキットは、トラックの荷台にあった。つまり、今は海の中にある。
『被害状況はどう?』
「ひどい有様だ。意識があるのは俺だけだ」
『そう……。でも、悪い話ばかりじゃないわ』
 そう語る赤羽の声には弾みがあった。
『制空権を完全に奪い返したわよ!』
「そのようだな」
 空を見上げれば、哨戒飛行をしている空部の戦闘機があった。
『コナサノ航空基地の方でも、敵の白いヤツを墜としたらしいわ』
「ひとまず、難は逃れたわけか」
 ヤマシロ上空に現れた、白い戦闘機。航空無線から流れてきた情報だと、ヤマトウルフに酷似していたらしい。
 青柳龍一郎が関わっていたのだから、青柳重工が関わっていて当然だと考えたほうがいい。そして、ヤマトウルフは青柳重工が作ったのだから、その後継機なのかもしれない。
 青柳は機体に乗っていたらしいが、青柳以外にもパイロットはいた。いずれ、青柳周辺を洗うことで、色々なことが判明してくるにちがいない。
 それを調べるのは、ヤマシロ市警か、それともJBIか。今後の処理、というものが山積しているのは明らかだったが……少なくとも、一機を含めたレッドフェザーには余り関係のない話だった。
 なぜなら、レッドフェザーは“処理される”側なのだから。
「ところで、赤羽。これから、どうする?」
『今回の一件で、十一年前の黒幕が青柳だってことが分かったし、KAMUIグループが関わっていたことも分かった。それは、アタシ達だけじゃなく、ヤマシロ市長も分かってるわけだし……然るべき処理がされるでしょう』
 所定の目的としては、市長暗殺だったが、今となってはそんなことをする必要はない。
 レッドフェザーにとって、あるいは赤羽にとって、本当の敵は、企業利益のために惨劇を演出した青柳龍一郎だったのだから。
 青柳本人は空で散ったかもしれないし、仮に無事であったとしても、KAMUIに捜査の手は伸びることだろう。青柳の目論見が潰えたのは、間違いないと考えて良いにちがいない。
 ここまでくれば、赤羽たちには、ゲリラ活動を続ける理由が無くなってしまったのだろう。
「じゃあ……レッドフェザーは解散、か」
『そうなるわね。ま、アタシ達は世間じゃ過激派組織で名が通っていたんだし……お咎め無しってわけにはいかないでしょうけど』
「取引きのアテはあるのか?」
『そんな真似はしないわよ……と、言いたいけれど、罰を受けるのはアタシだけで充分』
「レッドフェザーの他のメンバーは、見逃してもらうつもりか?」
『ええ』
「……今回の一件で、おそらく司法が、かなり深いところにまで切り込むぞ。KAMUIだけに限らず、レッドフェザーも同じような扱いをされてしまっても、文句は言えん」
 発端がKAMUIグループだったとはいえ、レッドフェザーは白百合学園の二月祭で、テロ行為をしてしまった。司法機関が、そこを追求してこないはずがない。
『でも、やりようはある。市長の口添えにも、期待できそうだし』
「すっかりアテにする気になったんだな、市長のことを?」
『ま、直に話し合ったから言えるんだけどね。あの市長が、極悪非道な人間だとはどうしても思えなかったのよね』
「都合の良い解釈だな」
 そう言って、一機は苦笑する。揶揄のつもりで言ったのだが、赤羽は『まったくよね』と否定しなかった。
『人の良さ、を演技で取り繕っていたのかもしれないけど、アタシの目には、あの市長がそんなことをしているようには見えなかった。だから、信じてみることにしたのよ。十一年前の惨劇は、あの市長が直接の原因じゃない、って』
 人間、それほど簡単に自分の信念や価値観を変えることができれば苦労はない。
 だが、赤羽は十一年の歳月が無に帰してしまったにもかかわらず、その事実を冷静に受け止めた。そして、市長と手を組むことで、真の敵に相対した。
 そこが、赤羽という男の器の広さなのだろう。そんな男がトップにいたからこそ、一機は赤羽の右腕として、傭兵として、彼と行動を共にしてきたのだ。
 しかし、それも今日を限りに終わる。
「……もう、会うこともないだろうな」
 ぽつり、と一機の口から、そんな言葉が漏れた。無線機がそれを拾ったらしく、赤羽の『え?』という声が聞こえた。
 びゅう、と吹き抜けた風が、一機の髪の毛を撫でた。