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一年の終わり ‐ 風原透真

 春休みになった。
 生徒がいなくなり、閑散とした校舎を風原透真は歩いていた。
 病院での入院生活を終えることはできたが、同時に、白百合学園での勤務も終えることになった。
 引き継ぎ処理などは終わっているし、自分をここに招き入れてくれた校長には挨拶を済ませてきた。
 春休みの間も、運動部は精力的に活動しているらしい。窓の外から、元気の良い掛け声が聞こえてくる。
 運動部員の声を聞き流しつつ、風原は校長室でかわした言葉を脳内で反芻していた。
“織宮先生は、どうなるんですか?”
 先日の学園テロや、ヤマシロ・ファイト。そして、JBI主導によるナインズ強襲作戦。
 学園が銃火器を抱え込むことの危険性と、学生が銃の扱いに習熟しておくことの必要性。ヤマシロに蔓延っていたゲリラグループは解体され、活動を停止したも同然だった。ということは、危険性が問題視され、必要性は皆無になった、ということである。
“射撃科、という科目が廃止になるからねぇ……”
 その射撃科の担当教員であった織宮麗の進退について、ふと気になった風原は校長に尋ねてみたのだった。
“いずれにしても、射撃科教員免許、というものはヤマシロ限定の教員免許だ。それが廃止されるとなると”
“教師ではいられなくなる、と?”
“そうなるねぇ。いやね? 私も、織宮くんのことは引き留めておきたかったんだよ?”
 弁解じみた言葉だったが、風原の耳にはそれが言訳には聞こえなかった。
“自分も、彼女には学園に残って欲しかったと思います。ですが……”
 教員免許なくして、学園には残れない。
“まぁ、その気になれば、彼女なら教員免許の問題はどうにかなったとも思うよ? ただねぇ……織宮くん、射撃科の問題が取り沙汰されるよりも前に、この三月いっぱいで辞めたいって言い出してね”
“辞めたい? 彼女が、自分から、ですか?”
“そうなんだよ。本人は家庭の事情、と言ってたんだけどねぇ……でも、なんか妙なんだよねぇ”
“妙? と言いますと?”
 風原が訊き返すと、校長は答えた。
“彼女、既にご両親が他界なさってるんだよ。彼女本人が結婚したっていう話も聞いてないし、それで家庭の事情って、なんだかなぁ……って思ったんだよ”
 しかし、深くは知らない、と校長は言葉を結んだ。
 射撃科という問題が世間に取り沙汰され、テロ事件の標的になった学校である。世間から針のむしろのような扱いを受け、その対応に奔走してきたのが校長なのだ。非常勤講師一人の行く末などに構っていられるような状況でもなかった、ということか。
 その後、二言、三言をかわし、風原は校長室を後にした。
 また、射撃科教員補佐として、去年から白百合学園に赴任していた東条一機だったが、一機は既に学園を去っていた。
 一機の正体がゲリラグループの一員である、ということを白百合学園において知っているのは、今のところ風原のみである。風原が一機の正体を誰かに告げるよりも先に、一機は学園に辞表を提出していた。
 校長曰く、『一身上の都合で、辞めてしまったよ。生徒達にも好かれてたんだけどねぇ……』とのことだった。急な退職に、校長も首を捻っていたらしい。
 そして風原も、母校である大学に招聘されることになった。表向きは大学付属病院の臨床担当者として、実際は治療という名の“人体の研究”の被験者として。
 この三学期を終え、年度の更新を機に、三人の教員が白百合学園を去ることになる。人事担当の人間とすれば頭の痛いことだろうが、気を遣って学園に残り続けることができるほど風原はお人好しでも、母校にいる御前の頼みを断れるほど非情でもなかった。
 ふと、風原は、家庭科部はどうなるのだろう、と思った。
 創設時に一悶着はあったが、今となっては精力的に活動しているといっていい。だが、そこの顧問は織宮麗だった。顧問の後任は、はたしてどうなるのだろうか?
 いや、自分が考えても仕方のないこと、か……と思った風原はかぶりをふった。
 白百合学園への未練を断ち切るようにして、風原は廊下を歩く足を少しばかり速めた。