West area

一年の終わり ‐ 東条一機

 レッドフェザーの関係者は、釈放されることとなった。
 ヤマシロ上層部の計らいもあって、末端の者達はゲリラ活動に従事していたという痕跡を抹消されて、世間に戻ってきた。
 しかし、そこそこ名前の売れていた――俗に言うところの“幹部”だったが――者達は、手放しで釈放、とはいかなかった。
 具体的には、赤羽の身柄がJBIに引き渡された後、ヤマシロ市警に送り返されてきた東条一機などであり、現在、市警に拘束された身柄となっていた。
 自分は雇われた傭兵である、などと一機は市警の捜査員に言ったりはしていない。言ったところで、自分がゲリラ活動に従事していたことにかわりはなく、市警捜査員にとってはその他大勢のゲリラと変化はないのだから。
 しかし、取調室に連れ込まれた割りには、一機の向かいに座る男は妙に愛想が良かった。被疑者に対する扱いというより、身内と同じような接し方だった。
 油断させて口を割らせる、という可能性もなくはないだろうが……それにしては、市警捜査員の目付きは妙に柔らかい。癇に障るような猫なで声をしてくることもないあたり、これはいよいよ、こちらを被疑者だとは思っていない、ということだろうか?
 内心に湧いた疑問が舌に乗る前に、一機の前に座る男が口を開いた。
「ヤマシロ市警に捕まった後、JBIに連れ去られたかと思えば、またもやヤマシロ市警に戻ってきた……。忙しい身だね?」
「誰の計らいか分からんのでは、疲れるだけだ」
 表情を変えることなく一機が言うと、男は「まぁ、そんなムスッとした顔になるなよ」と言ってきた。
「教えることができること、できないこと。そして、こっちが分かっていること、分かってないこと、それぞれに、色々ある」
「……つまり?」
 一機が胡乱な目付きで訊き返すと、男は答える。
「話は聞いているだろう。レッドフェザーの下っ端は、既に釈放している」
「ああ、それは聞かされている。だが、誰の指示だ? 俺が言うのもおかしいが……レッドフェザーを捕まえることは、あんた等、ヤマシロ市警の悲願だろう? 自分からわざわざ手放すとは思えない」
「お前たちのアタマだよ」
「赤羽が?」
「ああ。赤羽の要求を呑んだ」
 赤羽の願いが聞き入れられた、ということだった。
 だが、無条件で赤羽の願いが聞き届けられたはずがない。そこには何かしらの取引きがあったことだろう。
 いったい、赤羽はどんな爆弾を抱えていたというのか……? 改めて、赤羽の底知れない一面を垣間見たような気がした一機だった。
 捜査員は言葉を続ける。
「……まぁ、実際に要求を呑んだのは我々ではなく、JBIだったがね」
「JBIが、ゲリラグループの元締めと取引きをしたのか?」
「そのようだ。それで、JBIは我々に、危険度の低い連中を釈放しろ、というお達しがあったわけだ」
 JBIは国の機関であり、ヤマシロ市警は地方の機関である。地方が国に逆らうことができなかった、というのが一つに理由であると同時に“手足”を野放しにしても“頭”を押さえつけている限りは問題ない、というのが二つ目の理由だ、と市警捜査員は言った。
「そして、本当のアタマである赤羽をJBIが拘留し、危険度という意味では、簡単には野放しにできない……ま、いわゆる幹部だな。その幹部を我々、ヤマシロ市警で身柄を押さえる、というのが現状だ」
「だから、俺みたいな幹部は、ここにいるわけか?」
「そういうこと」
「……赤羽がどんな取引きをしたのか、俺にも分からない。だが、JBIが赤羽だけを自分たちの元に置いておき、他の幹部をヤマシロ市警に送りつけたのは何故だ? 一括して管理すれば、分散させるような手間は省けただろうに?」
 一機の問いに、捜査員の男は「ああ、そのことか」と言った。
「話は簡単。赤羽は『自分以外のレッドフェザー関係者は全て解放すること』を条件にして、取引きをしたんだ。つまり、本来なら、アンタも今頃はこのビルの外にいたはずなんだ」
「……行くアテがあるわけでもないが……それなら、釈放してくれれば良いものを?」
 一機の苦言に、捜査員は「そうもいかないよ」と答える。
「幹部すらもお咎め無しで釈放したとあっちゃあ、世間に顔向けできないじゃないか」
「……それだけが、理由か?」
 それだけが理由なら、一機を取調室に連れ込んだりはしない。ハナから拘置所にぶちこんでおけば良いだけだ。
 すると、意味ありげな笑みを、捜査員の男は頬に浮かべる。
「……ま、表向きの理由は、それだけさ。世間様や、JBIへ表明する理由としては、ね?」
 一機も身を乗り出し「何を企んでる?」と男に尋ねた。
「いやぁねぇ? こっちとしても気になるんだよ……。ヤマシロ市警はこれでも、レッドフェザーというゲリラグループを十年近く追ってきたんだ。レッドフェザーはいわば、ヤマシロ市警捜査員のヤマなの。それを、いくら大きなテロがぽんぽんと発生したからといって、JBIに横取りされちゃ、気に入らないんだよ?」
「だが、JBIなら事件が大きいという理由で、手柄の横取りくらい、平気な顔でやりそうなものだが?」
「まぁね。でも、これはヤマシロの事案でもあった。現場であり現地にいる我々に、捜査情報をまったくもって寄越さない、というのは……いくらなんでもおかしいじゃないか。これはね、きっと何かがあるんだよ」
「何かとは、つまり……JBIの弱み、ということか?」
「そう。知られてはマズイような何かってことさ」
「犯罪を捜査する組織なんだ。秘匿情報など、いくらでもありそうなものだぞ?」
 一機の問いに、捜査員は笑みを浮かべる。
「だが、事件を解決するなら、捜査に協力できる人間は多い方が良い。意味もなく秘匿する、なんてことはあり得ない」
「隠すのは何かしら“意味がある”ってことか?」
「だと思うよ。我々は、それを知りたい。JBIの秘密を、どうしても」
 手柄を横取りされた腹いせということか、と思った一機はフムと鼻を鳴らした。
 一機は口を開く。
「だが、こっちだって、知っていることには限りがあるぞ? 俺だって、赤羽がJBIとかわした取引きの中身に、心当たりなんてない」
「知ってることだけ、教えてくれれば良いさ。あとはこっちで調べるし、それがこっちの仕事だからね……あ、そうそう!」
 何かを思い出したらしい。男の言葉に、一機は注意を傾ける。
「なんだ?」
「いや、コレ、一応、まだ秘密ってことになってるんだけど……市警の人間は全員知ってるし、むしろその噂で持ちきりになっているし、どうせキミも関わるし、というか当事者になっちゃうだろうから、伝えておくよ」
 妙に長ったらしい前置きをしてから、男は一機に言った。
「キミの次の仕事が決まったよ」
 唐突に、今までの話の流れとは違うことを言われ、一機は口をポカンと開けた。
「仕事、だと?」
「うん、そう」
 実はね、と言って、男はこちらに顔を近づけてくる。
 取調室で内緒話、というのも妙な気分になるな……と感じていた一機だったが、次の瞬間にはそんな気分も吹き飛んだ。
「市警に特殊部隊を作るんだけど、キミ、そこの部隊長をやって欲しいんだ」
 何を言われたのかすぐには理解が追いつかず、一機の頭は真っ白になった。
 ニッとした笑みをこちらに向けてくる捜査員の顔を眺めていた一機は、この状況をどこかで見たことがあるような気がした。
 そう、こういう無理難題を、レッドフェザーにいた頃、ガルマンから突き付けられた。
 確か、あれは「白百合学園で先生をやれ」だったか……。
 あの時と同様、一機は呆然とした顔で市警捜査員の顔を見返していた。