春休みに入り、数日が過ぎた。
遠方からやって来て、学生寮で生活している生徒達は、春休みの間は実家に戻らなければならない。というのも、学生寮が春休みの間は閉鎖されるからである。
桜井充に猪狩進太郎など、学生寮で暮らしていたメンツは、今は地元に戻っているという話だった。
一方、ヤマシロで生まれ育ってきた者達は、春休みに入ってもヤマシロでの生活を続けている。
世田谷翔に羽住姉妹などがそうであった。
ヤマシロ西地区の北地域。川を間に挟み、西地区を北と南に分断しているうちの北側に、羽住悠奈の実家はあった。
元々、この春休みは実家に戻るつもりが無かったらしい神坂潤は、春休みの間だけは羽住家に居候することになっていた。だが、何やら事情が変わったらしく、潤は実家に戻っていた。
昔は、神坂の家もヤマシロの西地区にあった。だからこそ、悠奈や悠里も、潤と幼馴染みだったわけであるが。
しかし、家庭の事情――多くを語らなかったが、それでも潤によると母親の死別とのことだった――もあって、神坂一家はヤマシロから別の都市へ引っ越してしまっていた。
しかし、当時中学生だった潤だけは、一家の引っ越しをつっぱねて、中学時代から独り暮らしをしていた。
幼馴染み一家が突然引っ越してしまい、もう会えないのでは……と思った時も驚かされたが、中学生にして独り暮らしを始めていた神坂潤には更に驚かされた。
実家からの支援や、兄の手助けなどもあり、大きく困るようなことは無かったらしいが、それでも潤は思い切ったことをしていたと悠奈は思う。
童顔であることと、小柄な体躯。
一見して頼りないようにも見えるが、あの少年には一本芯が入っている。
実家の引っ越しに反発してまで独り暮らしを強行し、今もなおそれを続けている。高校に上がってからは学生寮に入っていたし、独りの生活にも慣れた、と言われればそれまでだが……それでも、悠奈は潤のことを“強い”と感じていた。
普段から何かと潤のことを「童顔」だの「女の子みたい」とからかっていたのは他ならない自分だったわけだが……同時に、悠奈は気付いてもいた。
潤の強さと……潤の“脆さ”を。
幼馴染みということもあって、悠奈は潤との付き合いが長い。
だからこそ、悠奈には分かる。
先日の、ナインズのカラオケ屋で潤が見せた、何かを堪えるような、どことなく辛そうな表情。
あれは、きっと……潤が多くを語ろうとしない実家の問題のことで頭を悩ませていたのだと。
急に事情が変わったと言い、あれだけ帰りたがらなかった実家に帰ってしまった潤。
潤の実家は、何かとJBIと関わりが深い。
ナインズでJBIが特殊部隊を引き連れて何かをしていたことも含めれば、何かがあったのだろう。
その“何か”が何であるのか。
それが分からないものだから、悠奈はやきもきしていた。
「……今頃、どうしてるんだろ、潤……」
自宅のベッドに寝転がり、悠奈はぽつりと呟いた。
何も無ければ、それで良い。
しかし、悠奈にはどうしてもそうだとは思えない。
実家の意向に逆らってまで、ヤマシロに残った潤。
馬鹿なことをしたと思う反面、傍にいてくれたことが嬉しかった。
四月になり、二年生に進級し、再び学校に潤が戻ってきてくれれば、悠奈とすれば嬉しい。
だが、そうは問屋が卸さないような気がしてならない悠奈だった。
せめて声くらいは聞きたい……。そう思い、携帯電話を操作してみる。
何度か電話を掛けてはみたが、潤とは連絡が取れなかった。どうやら、電源を切ってあるらしい。
あのカラオケ屋で歌を歌ったのが、今生の別れになる……。
まさか、と笑い飛ばしたいが、うまく笑えないのが今の悠奈だった。
嫌な予感をぬぐい去ることはできず、不安な気持ちでいっぱいな悠奈であった。