六月に入った途端、梅雨になった。
付け加えるなら、先月に行なわれた模試の結果が返却され、受験生達にとっても模試の結果が“梅雨”であるらしかった。
涼風館ヤマシロ中央校の校舎でも表情が沈んでいる者達が多かった。
暗い顔をしている連中と廊下ですれ違う度、風間は内心で「ザマミロ」と笑ってやる。
「ゴールデンウィークなのだから、しっかり遊んでおかないとな!」
という論理を振りかざし、しっかりと遊んでいた連中は案の定、成績が振るっていなかった。
「……なぁ、風間。俺、遊んでた記憶が無いんだが、イマイチ、成績がパッとしないんだけどよ?」
傍らにいた倉持の言葉には「俺が知るか」とだけ返しておく。
風間の態度が冷たかったからだろう、倉持は少しムッとした様子で「そういうテメェはどうだったんだ?」と尋ねてきた。
風間はトートバッグから先日の模試の成績表を取り出すと、それを倉持に渡してやった。
「……おい、俺とお前、同じ授業を受けてるはずだよな?」
「ああ。倉持が教室を間違えて、違う先生の授業を受けてない限りは」
「……なんで、ヤマシロ市大の判定、俺がCでお前がAなワケよ?」
倉持の言葉に、風間は「俺が知るか」と本日二度目の返事をした。
「なんか秘訣とかあるのか?」
なおも食い下がろうとする倉持に、風間は溜息混じりに言葉を返す。
「秘訣もへったくれも……。あのな? 受けてる授業が同じ、勉強の量も時間もほぼ同じときた。じゃ、違うのは何かってことくらい、分かるだろ?」
「……実力の違い、か?」
腹の立つことを言うなぁ、お前は……と言葉を結ぶと、倉持は風間を追い越して自習室の扉をくぐる。
風間は足を止め、再び溜息を吐く。
――違うだろうが……
心の内側で、風間は否定する。
その“実力”を決定づけるための、もっともっと、大事な物。そこからして、俺とお前は違うんだよ、と風間は内心に吐き捨てる。
すなわち、腹の底に抱える“思いの丈”が。
上辺だけを取り繕っただけのやる気から、身につけることができる実力など高が知れている。
性根というもの据えなければ、真の実力は身につかない。
それが足りないからお前はどこにも受からないんだよ、と風間は心中で付け足しておいた。
「ヤマシロ市大の壁は、さすがに高いわね……」
自習室での勉強が一段落したので、風間は地下の休憩室にやって来た。
そこで西園寺美咲と顔を合わせたので、自然と話の中身が先日の模試のことになった。
高い高い、と言う割りには、美咲の模試の判定はBだった。
浪人生の意地なのだからそれくらいの判定は当たり前、という見方もできるし、受験というものを本当の意味では経験していないであろう美咲にしては上出来、という見方もできるところだった。
「判定よか、復習の方が大事だろ。それが模試ってもんだ」
「ま、そりゃそうなんだけどねぇ……。今までなら、判定の方が大事だったからさ」
「というと?」
「あれ、言わなかったっけ? これでも私、推薦入試で合格したんだって」
「……ああ、そういうこと」
推薦を貰おうと思えば、普段の生活態度や内申なども大切になってくるが、受験生の登竜門である模擬試験での結果が、推薦というものに反映されてくる。
そういう意味では、模試の復習云々ではなく、模試その物で結果を叩き出さなければ、推薦を貰うどころの話ではない。
しかし、まっとうな受験を考える場合、模試の使い道は“判定”よりは“復習”のためのツールとして活用した方が良い。
自分の弱点が如実に表れるのが模試というものである。その弱点を潰してこそ、自分自身を鍛えることができるのだから。
とはいえ……
弱点が放置プレーの状態で、Bという判定がもぎ取れないであろうことは事実だろうが。
「で、何をミスったわけ?」
気になったので、訊いてみた。
「なに? 教えてくれるの?」
目を爛々とさせ始めた美咲に、風間は表情を強張らせた。
チラリと壁に掛けられている時計を見やる。
現在の時刻は午後の七時半。
午後の九時には、自習室含め、涼風館の校舎は閉鎖される。
そろそろ自習室に戻り、自分の勉強を再開させるつもりでいた風間は、まずいことになった、と感じた。
美咲の質問に答えてやると、一時間半などあっという間に過ぎる。これでは自分の勉強もままならない。
これが、倉持が相手だったなら、遠慮無く断わるところだったが……
美咲が相手だと、何故か無下にはできない風間だった。
相手が変わると態度が変わる、のはどうやら自分も倉持も同様らしかった。
浮かせかけた腰を下ろし、風間は「で、どこが分からないんだ?」と尋ねてやった。