五月に受けたのが、センター試験対策と称したマーク模試なら、六月に受けたのは二次試験対策と称した記述模試である。
マーク模試と違い、記述模試は点数も成績も、振るわないことが多い。中には、逆のケースになる人間もいる――それが原因で浪人生活をしている者もいるくらいである――ので、一概には言い切れないところだが、一般的にはそう言われていた。
マーク模試――もっと言うならセンター試験――は、二次試験に比べて一科目あたりの出題範囲が狭い。その上、捻りの無い問題が多く、ちょっと考えればすぐに解ける問題ばかりが並んでいる。
厄介なのはそれが“短い試験時間”で“割と多く”羅列されているということなのだが。
センター試験は時間との勝負、と言われる所以はそこにある。
逆に言えば、時間の使い方にさえ上手くなれば、並んでいる問題はそこまで難しくないのがセンター試験やマーク模試というものなのだから、点数を伸ばすことも成績を上げることも、そこまで難しいことではない。
だが、二次試験対策の記述模試ではそうはいかない。
こちらは、多少なりとも捻られた問題が出る。手早く、ぱっぱと解ける問題など、中々出題されたりはしない。
試験時間もアホみたいに長いが、かといってその時間が余るということはない。それくらいには難易度の高い問題が並んでおり、いかにしてそれらを攻略するか。
返却された模試の復習と同時進行で、この問題が来たらこう、その問題が来たらそう、というイメージトレーニングも必要だろうなと思った風間は「ねぇ、風間」という美咲の声に思考を中断する。
自習室は生憎の満杯で、休憩室しか開いていない。勉強をするには少しばかり騒がしい場所なので、イメトレくらいならなんとかなるか、と思っていた風間は「なんか用事?」と美咲に訊き返す。
「もうすぐ夏休みよね」
「世間じゃそうらしいな」
皮肉を交えて、そう言ってやった。
しかし、風間の皮肉をサラリと受け流したらしい美咲は「その世間で言うところの夏休みなんだけどさ」と前置きしてから、
「風間、ヒマ?」
風間は顔をしかめた。
「……なぁ、西園寺。お前の目には、俺の姿が暇人に映るのか?」
憎まれ口を返した時だった。
どこから湧いて出たのか「なに、なんかあんの? あ、ちなみに俺はヒマね!」と倉持が話に割り込んできた。
「訊いてないと思うぞ、お前には誰も」
風間の言葉に取り合うということはせず、倉持は美咲に言う。
「なに、ひょっとしてデートのお誘いとか? なら、俺、ちょっと張り切っちゃうよ、美咲ちゃ〜ん?」
ハレ晴レ愉快な脳みそをしているとしか思えない野郎の台詞に、もはや何を言う気にもなれなくなった風間は、こっそりと溜息を吐く。
美咲は答える。
「残念。そんなんじゃないわよ。いやね? 実は私の後輩達が今度、剣道の大会に出るのよ」
「へぇ? それでそれで?」
調子の良い相槌を打つ倉持だった。
「その剣道大会、今年はこのヤマシロで開かれるらしいから、せっかくだし、観にいこうかなと思って」
「あ、要は、それのお誘いってワケ? 行く行く! 俺こう見えて剣道とか好きなんだぜ!」
お調子者め、と風間は内心で吐き捨てる。
倉持が剣道好きという話など、いまだかつて聞いたことがない。
美咲は言った。
「よし、これで倉持は確定と。で、どうする、風間? 風間はついてくる?」
さして剣道に興味があるわけでもない風間は、断わろうかとも思った。
その時、ふと風間は思い出す。
――確か“アイツ”は剣道部だったっけ?
記憶の糸を辿ってみる。
それから風間は“間違いない”という確信を得た。
アイツは確か、高校に進学してから剣道を始めたという話だった。
あの日、アイツは竹刀を背負っていたと、記録にもあった。
アイツの足跡、というものになら、風間は興味がある。
足跡を辿るという意味も含めて、剣道を見物するのも、まぁ悪くはない……か、と考え直した風間は「俺も行く」と二人に言った。
すると、二人は目を丸くした。
二人の顔つきが気に入らなかった風間は「なんだ、文句あるのか?」と尋ねた。
倉持は言う。
「いや、お前、昼も夜も自習室とかに閉じこもってそうだったから」
「うん、私もそう思ってたから、断わられると思ってたんだけど」
倉持の言い分はともかく、美咲の言葉が気になった。
「……おい、西園寺。それじゃ、なんで俺を誘った?」
「いや、一応、この予備校じゃ知り合い同士なんだし。せっかくだから、訊くだけ訊いてみようかな、と」
「……お優しいことで」
つい、憎まれ口を叩いてしまう風間であった。