八月の終了間際に、二度目のマーク模試を受けた。
結果こそ一ヶ月経たなければ出てこないが、それでも自己採点で自分自身の現状というものを把握するくらいのことはできる。
それによると、課題となるのは英語だった。
文法問題や、長文問題は、慣れと経験値でどうにかできる。厄介なのは、単語だった。
理解できない単語が多いと、それはそのまま長文で書かれていることの内容を理解できない、ということになる。
こりゃ、単語の暗記にもっと力を入れた方が良さそうである。今後の方針に関して修正の必要があるな、と内心にメモをした時だった。
「よう相棒」
涼風館地下のテーブルで、模試の問題用紙を広げていた風間に、倉持が声を掛けてきた。
「どーよ、自己採点?」
「こんなもんだろ、ってトコロかね」
「へー? 相変わらずだな」
「そっちは?」
風間が訊き返すと、倉持は「国語が伸びねぇんだよ……」と言いつつ、風間の向かい側の椅子に座る。
「古典とかは、まぁ……やりようはあるんだよ。現代文とか、どうすりゃいいのか、まったく分からん」
「んなもん、本文に答が書いてあるんだから、そこから探し出せば良いだけだろ?」
「見つかんねぇから苦労してんだよ、こっちは。お前と一緒にすんな」
そう言って、倉持は、テーブルに広がっている問題用紙の一つを手に取った。
見るともなしに、ぱらぱらとページを捲りつつ倉持は言う。
「しっかし、もう九月ですよ、風間さん」
数学の模範解答に書かれている解説を読みつつ、風間は「もう九月だが、どうしたんだ、倉持さん」と言葉を返す。
「浪人生活が始まって、ちょうど半年だ。そして、今年もあと三ヶ月で終わっちまう」
「そうだな。で?」
「……年が明けたら、いよいよ、受験だぜ? 時間の流れって、早いよなぁ……って」
「よく聞くけどよ」
不意に話題を換えると、倉持が怪訝そうな顔でこちらを見返してきた。
「あん? 何を聞くって?」
「世の中って、不平等だってこと」
「だよなぁ。お前が現役で大学に受かり、俺はどこにも行けず終い。そのことからして、不平等だよなぁ?」
「まだ根に持ってんのか?」
呆れて訊き返すと、倉持は「当たり前だ」と答える。
「で? その不平等がどうかしたのか?」
「ああ。世間や世界ってのは、いつでもどこでも不平等なものだけどな。でも、この世で絶対的に“平等”なものがある。何だと思う?」
「……悪いな、風間。俺、そういう哲学みたいなの、嫌いなんだ。よく分からないから」
「コレ、哲学って言うのかは知らないが……。答は、時間だよ」
「時間?」
「ああ。時間は、誰にでも平等に与えられる。それをどう使うかは、個人によって違うけど、それでも与えられた時間は、みんな一律で、平等なんだ」
「……つまり?」
「時間に追われているのは、お前だけじゃないってこと。みんな、必死なんだよ」
「みんなトントンなんだから、焦るなってことか?」
倉持の問い掛けに風間は「ああ」と答えた。
「時間ってやつは刻々と過ぎていく。誰しも平等に、な。それを嘆くヒマがあるなら、他にすること、できることがあるだろう、って思うぞ、俺は」
そう言って、風間は解説書のページを捲る。
風間の言葉を脳内で反芻しているのか、少しの間、倉持は黙っていた。
それから倉持は言った。
「でもよ、不平等を嘆くヒマがあれば……とは言うが、それって難しいんじゃねぇか?」
風間は答える。
「ま、だからこそ、淡々として当たり前にこなせるやつは、総じて“強い”わな」
風間の回答に倉持は「なるほどねぇ」と反応した。