十二月になった。
今年度に受けるべき模試は全て受けたし、その結果も先日、返却された。
それによると、マーク模試ではヤマシロ市立大学の判定がAであり、記述模試での判定がCだった。
もう少し、記述力に磨きをかけたいところだが、センター試験まで一ヶ月もない。どうせ、センターが終われば、後は二次試験に向けた勉強しかしないのだし、今はセンター対策を優先すべき、と判断し、センター試験の過去問片手に風間は自習室の扉をくぐる。
そういえば、と風間は個別ブースの一つに腰を落ち着けつつ、考える。
ここ最近、倉持や美咲と、ロクに口を聞いていない。避けられているわけでも、避けているつもりもなかったので、顔を合わせる機会が減ってしまったのだろう……と風間は判断した。
受験期が近づいてきているのは、風間に限らず、倉持も美咲も同様である。おそらく彼らも自分の勉強で手一杯で、こちらのことを構っている余裕など無いのだろう。
ま、勉強の邪魔をされる心配をしなくていいので、それはそれで風間には好都合だったが。
風間の座った個別ブースは、窓に面している。窓の外には、十二月の街並みが広がっていた。
とっぷりと日も暮れており、往来を行き来する車はヘッドライトを点けていた。涼風館ヤマシロ中央校は、建屋が大通りに面していることもあって、車の行き来が自習室からよく見える。
目映い光があちらこちらを行き交っている。日没後だからこそ、それらの光はなおのこと強く光り輝いていた。
その光と光の間を、せわしなく人々が歩いて行く。師走の意味が示すとおり、忙しそうに行動していく人々。
師走、という単語から、ふと風間はクリスマスを連想した。
もとより、受験生なのだから、クリスマスなど関係無い身ではある。それ自体は仕方のないこと、と割り切る腹積もりだったが、ふと来年のことに思いを馳せてみた。
来年の今頃……自分は、何をしているのだろうか?
大学に入ってからの自分自身というものが、まったくもって想像できない。
これでも工学部を目指している身である。入学後は、工業の基礎として数学などを勉強しているのだろうし、新修外国語として英語以外の何か別の外国語も勉強していることだろう。
それくらいの想像はできる。
しかし、サークル活動に没頭している自分自身の姿や、あるいはそれ以外のこと――要は勉強以外のこと――をしている自分自身の姿を、これっぽっちも思い描くことができない。
モラトリアムを甘受するために、大学を目指しているわけではない。しかし、大学での生活というものに明確なビジョンを見いだすことができない自分自身が、ふと空恐ろしくなった。
英語の長文を読んでいたはずの目が、完全に止まっていた。
我に返って、シャーペンをもう一度握る。しかし、英語を英語として読み飛ばすことしかできず、文の意味が頭に浮かんでこない。
常日頃から英単語を覚え込んでいるはずだし、普段ならもう少し英文の意味を理解できる。だが、今日に限って、まったく読めない。
これは勉強量や練習量に問題があるわけではなく、単に集中できていないだけ、と思った風間はペンを机の上に置き、一つ深呼吸する。
改めて、考える。
自分は、何のために大学に行こうとしているのか、と。
先にも述べたが、モラトリアムを甘受したいわけではない。
では、何のために?
ぼんやりと物思いに耽っていると、風間は窓の向こうの暗がりに人影が一つ佇んでいるような気がした。
やがて、その影は……十五歳前後の少年の顔になる。
記憶している限りでは、その顔は生野透のものだった。
生野透の幻影が、窓の向こうで嗤っていた。
風間はその亡霊に話しかけてみた。
――あの高校に、何故、アンタは行きたいと思ったんだ?
だが、亡霊は何も語ろうとせず、こちらを嘲弄するばかりであった。
風間は再度、語りかける。
――俺は、アンタに勝ちたいから、もう負けたくないから、第一志望に拘っている。でも、アンタはそもそも、何を理由にして志望校を目指した?
やはり、亡霊は何も言わない。嗤うだけであった。
言わなくて当然か、亡霊なのだから……と風間は考え直す。
――教えてくれ、つっても……教えてはくれないんだろうな……
詰まるところ、体感しなければ理解できない、ということなのだろう。
やはり、合格するしかない。
第一志望のヤマシロ市立大学の合格通知をもぎ取らない限り、生野透の心理は理解できない。
合格しさえすれば……きっと、理解できる。
そして、今度こそ、生野透に勝つことができる。
それが、風間の望みなのだから。合格した後のことなど、合格した後にでも考えればいい……と風間は考えた。
その頃には、既に生野透の幻影は、窓の向こうにはいなかった。
「……次は、勝つ」
胸中の決意が現実の声となる。
風間は再び、英文に目を落とす。
今度は明確に、文章を理解することができた。
合格した先に、見えてくるもの。それが何かは分からないが、いずれ分かる時が来る。それを信じることにした風間は、既に迷いを吹っ切っていた。
しかし……それが、盲信でもあることに、この時の風間は気付いていなかった。
センター試験まで、あと一ヶ月――