傘張り生活

一月

 センター試験の一日目を終え、二日目の朝を迎えた。
 初日は文系科目を受験するため、今日は理系科目を受験していくことになる。
 朝から数学を受け、午後から理科を受けていく……というのが、本日の流れであった。
 試験会場で、風間が鉛筆を削っていた時だった。会場の出入り口から、目の下にクマを浮かせた倉持が入ってきた。
 しかし、足取りがふらふらしているわけではない。それに、目元にクマこそ浮いているが、その上に載っている目は、ギラギラと底光りしている。
 どこか異様な倉持に、風間は「おい、なんかあったのか?」と尋ねていた。
 倉持はこちらに気付いたらしく「よぉ、風間」と返事をする。
「昨日、実は寝てないんだわ」
「……は?」
 開いた口が塞がらなかった。
 試験前日に徹夜をしたらしい。体調不良で、成績が奮わなくなるだけだろうに、と風間は思ったが、今さらそれを指摘したところでどうなるものでもない。敢えて苦言を呈さず、風間は倉持の言葉を聞いていた。
「昨日、試験終わった後、バッタリと中学の時の知り合いと会ってさ」
「へぇ? それと、徹夜と、どういう関係が?」
「いやな? それがよ」
 言いつつ、倉持は風間の隣りの席に座る。試験前の“足掻き”をするつもりは無いらしく、腰を据えて状況説明を始めた倉持だった。
「そいつとは高校が別だったから、中学卒業してから会ってなかったんだわ」
「ん? ちょっと待て」
 ふと気になることがあった風間は倉持に尋ねる。「そいつ、お前と同い年か?」
「ああ」
「……俺達、浪人だろ? そいつと試験会場でバッタリってことは、そいつも浪人か?」
「いや、そいつは一回目」
「は? そいつ、高校で留年でもしたのか?」
「だったら笑ってられるんだけどな……そうじゃないんだな、これが」
「どういうことだ?」
 話が見えてこないので、風間は首を捻った。
 倉持は続ける。
「高二の時、海外に留学してたんだと、一年間。だから卒業が一年遅くなったとかなんとか」
「ほー?」
 なるほど、と風間は納得する。
「それが、徹夜の原因だ」
 得意げにそう言った倉持に対し、風間は再度「は?」と口をぽかんと開ける。
 風間は言った。
「いやいや、意味が分からんぞ?」
「あのなぁ? 俺が必死こいて、一年間浪人してる間、アイツは海外で遊んでたんだぞ? 俺の一年間とアイツの一年間を同じ扱いにされちゃ、溜まらんだろ」
「仮にも留学なんだろ? 遊んでたわけじゃなかろう」
「ところがどっこい。そいつの彼女、パリジェンヌ」
 これまたワールドワイドなリア充だな……と風間は思った。思っただけで、他にどうこう、という感想も無かったが。
 しかし、倉持には他に感想があるらしく、
「フランス留学で彼女作って帰ってきたアイツが勉強していたハズがない!」
 と力説した。
 何を根拠に、とは思ったが、反論する気にもなれなかったので風間は黙っていた。
 倉持は続ける。
「そんなわけで、遊んでいたアイツの一年間と、必死こいて勉強してきた俺の一年間とを、同じ扱いにされるのは困るわけだ」
 多分に、倉持の偏見が混ざっている気もする。
「だから、これでソイツに負けたりしたら恥ずかしいだろ。ってなわけで、負けたくないから、寝る間も惜しんで勉強したってワケ」
 寝不足にもかかわらず、目の奥がぎらついているのは、それが原因らしい。
 とはいえ、真性のアホだな、と風間は内心で倉持を評した。肝心なところで力を発揮できなければ、元も子もないと風間は思うのだが……
「いずれにしろ、寝不足で成績が奮いませんでした、じゃ話にならんだろ?」
 風間が指摘すると倉持はニカッと笑う。
「心配すんな」
 心配などしていないが、と言ったら怒るだろうか。
「俺はヤツには負けやしねぇからよ」
 まぁ、負けたくないと思う人間がいるのは良いことだ、と風間は思うことにした。
 とはいえ、翌日、自己採点をした時、倉持が二日目に受けた試験全てで満点を叩き出したことには、さすがの風間も度肝を抜かれたが。
 その後、睡眠不足が原因で、二、三日は布団から出られなかったらしい倉持のことを、やっぱりアホである、と風間は思った。